マルコメ社員と料理家、世界一くさい缶詰を食べて発酵を語る

まさか「シュールストレミング」を食べる日がくるとは

世界で一番くさい食べものといわれている「シュールストレミング」はスウェーデンの缶詰である。一体人類はなんでこんなものをつくってしまったのか? と思うほどの匂いだが、その正体は発酵にあった。味噌をはじめ発酵食品を多く作るマルコメ株式会社で広報宣伝課として働く尾田春菜さんと、発酵マイスターでもある料理家の榎本美沙さんに話を聞いて、発酵について学んだ。

左から:尾田春菜(マルコメ株式会社)、榎本美沙(料理家)。ふたりが手に持っているものが「シュールストレミング」である

「今度、取材で『シュールストレミング』を食べようと思うんですが……」と相談があって思わず立ち上がった。なんといっても世界で一番くさい食べものである。「シュールストレミング」で検索をしてみてほしい。おもしろコンテンツの世界ではみんなが手を出し、最近ではYouTuberのヒカキンが食べていた。Webのライターとしてやっぱり避けては通れない道だったのか。腹をくくってくさがろう……。

そう覚悟したのだが、今回の取材はおもしろコンテンツではなく、「発酵を学ぼう」という企画なんだという。みなさま、おもしろリアクションありませんのでご安心ください。

シュールストレミング

シュールストレミングは強い匂いと開封時の飛沫があるので屋外での開封が望ましいとされる。缶の中身が発酵しすぎて、くさい汁が飛び出すのだ。「くさいしる」が飛び出る。発酵とはポケモンのようなものではないか。

今回、開封の場所として多摩川近くのとある公園が選ばれた。2月の公園は寒く、ひとけもない。田園調布が近いようでたまに犬を連れた奥様たちが通りかかるくらいだ。犬は人の1万倍鼻がきくらしいから、もしシュールストレミングの匂いを嗅いでしまったら大変である。

「ブレスケアはいくつ要るんですかね?」とだれかが言う。いまだかつてしたことのないタイプの心配をみんなが抱えている。このあと軽い打ち上げがあったとしてもなんら不思議ではない!

筆者も開封時の勢いを知るべく近くで袋を持つ係を志願した。なかなかの緊張感。カメラの位置も缶の開けかたも決まり準備が整った。

飛沫対策としてビニール袋のなかで開けることが推奨されている
準備の様子。右で袋を押さえているのが筆者(大北栄人)である。完全に腰が引けている

さあ、開封! おいしくいただけるか、飛沫を全身に浴びてむこう3年くらい喪に服したような人生となるのか!

世界一くさい匂いは、なつかしさすら覚えるものだった

おだやか~、に缶は開いた。冬で保存状態もよかったのか開封時の飛沫はそれほどでもなく、魚の姿もきれいに残っていた。発酵が進みすぎると液体化するらしい。「言うほどでもなかったね」という顔をみんながするも、すぐに顔色が変わる。シュールストレミングの匂いである。これは強烈な匂いだ。なかなかにやるぞ、こいつは。

シュールストレミングの匂いに顔をしかめる筆者

そろそろ田園調布の犬たちが騒ぎ始めるころだろうか。あたり一面が匂いに包まれるというわけではないが、風に乗って強い匂いが時折流れてくる。異文化を迎え入れる気持ちであれば平気である。しかし気を抜いたときに香ると思わず震える。匂いの強さがすごい。だがこの腐敗に近い発酵臭は、なじみがあるものだ。バキュームカーの隣に立ったとき、こういう匂いがする。

「世界一くさい」というのは誰も嗅いだことないようなものではなく、一般的な腐敗臭であり、なつかしささえ覚えるものだったのか。急にシュールストレミングに親近感がわいてきた。

なかにはニシンがたっぷり入っていた

場所を机に移してシュールストレミングをよく見てみる。きれいな魚の身だ。間近で嗅ぐと匂いのおおもととして魚があることがわかる。ああ、これは魚の腐敗臭が世界一級に強くなったものなのだ!

ニシンを見るとふつう食べないであろう背びれまでついてあるので、フォークでニシンの身を皮からこそいでいく。YouTubeでスウェーデンのかたが食べている様子を見ると同じように身を剥いでいた。

本場にならってフォークで身をこそいでいく

映像ではじゃがいもや玉ねぎ、バターや薄いパン生地と食べていたが、今回はマーガリンつきのバターロールに載せて食べる。まずは料理研究家の榎本さんとマルコメの尾田さんから。

「すごく塩からいです!」「マーガリンのせいか、匂いの強さはそんなに感じないです」と、先に食べた榎本さんたちは言う。口に入れるとそこまでくさくないのか。

この顔!

筆者も恐る恐る食べた。匂いよりも「……しょっぱい!」がまず先行する。ふだん食べないレベルの塩辛さだ。匂いはたしかにそこまで気にならない。マーガリンの油脂と相まって匂いは「くさい」から「珍味っぽい」に変わっているようだ。「市場で見捨てられた魚の匂いが近い」と尾田さんは言っていた。なるほど。珍しいものを食べているなとは思うものの、おいしいとまでは言えない。ただ「……これ食べて大丈夫なのかな?」という不安や重苦しさは感じる。

ぷはっ。とはいえ気を抜くとやはり強い匂いがやってくる。私は今、一体なんでこんなものを食べているのだろうか。そもそもこれは腐ってはいないのだろうか。

「これだけ発酵しているのに身がくずれないってすごくないですか!?」「でも、これだけ塩分濃かったら腐らないでしょうね」と分析しつつ、すごいすごいと騒いでいる榎本さんと尾田さんにより深い話を聞くべく、暖かいカフェに場所を移した。

匂いになれてシュールストレミングに興味津々なふたり

発酵から見た日本の甘酒とフィンランドの「シマ」

発酵マイスターであり料理家の榎本美沙さんはフィンランドの「シマ」というドリンクを作ってきてくれていた。フィンランドで5月1日はヴァップという春を祝う日で、シマはそのときに飲むイーストやレーズンなどで作られる発酵ドリンクだそうだ。飲んでみるとさわやかな香りが口のなかに広がる。シュールストレミングと同じく、初めて味わう発酵食品であるがこれはおいしい……!

榎本:甘くて飲みやすいですよね。イースト菌がこのなかでいまも発酵しているので、この微炭酸も自然の泡。イースト菌小さじ1/16杯で、シマを2リットルつくることができます。発酵のパワーがすごいんですよね。ちなみに「ムーミン」シリーズのレシピ本『ムーミンママのお料理の本』(講談社)でもシマは取り上げられています。

一方、マルコメの広報である尾田さんには同じく発酵食品である自社製品の甘酒を持ってきていただいた。

左から:マルコメの甘酒、榎本さんお手製のシマ

─実際にシマを飲んでみて、いかがですか?

尾田:甘酒はお米と米麹でできているのですが、シマにはイーストとお砂糖が入ってますね。同じ発酵の過程を経てるんですけど、甘酒は麹菌でシマはイースト菌なので、こんなにも香りや味がちがうんだと驚きます。日本はお米を中心とした文化なので麹菌由来の甘酒が生まれて、フィンランドだからイースト菌で作るシマができたんだろうと思います。レーズンが入るのも、北欧の文化が表れていて面白いですね。

─シュールストレミングみたいな個性が強すぎる食品から優しい甘酒まで。いや、もうなんでこんなに幅広いものが発酵から生まれるんだろうと。そもそものところなんですが、発酵ってなんですか?

尾田:ある物質をある物質に変えてくれる微生物の働きですね。味噌の場合だと大豆を酵素の力でアミノ酸に変えてくれて、そのまま食べても感じられなかった旨みを感じられるようになります。甘酒だと米のデンプンを分解してブドウ糖に変えて甘みが出たりする。食品を微生物がおいしく変化させてくれることが発酵ですね。

─発酵っておいしい変化限定なんですか? まずくなったりしないんですか?

榎本:発酵と腐敗って自然界ではまったく同じ現象なんですよ。微生物の活動でものを人に「有益」なように変化させるのが発酵で、「有害」なものに変化させるのが腐敗なんです。なので自然界からしたらやってることは一緒です。

さっきシュールストレミングを食べてるときに「これは腐敗ではないのか?」って思いましたよね。たとえば納豆を他の国の人が食べても同じ感想を持つと思います。それも自然界のなかでは発酵と腐敗は同じ現象なので、文化や民族の違いで感じかたが変わってくるんでしょうね。

なんと自然界では腐敗と発酵は一緒! 究極のところ、腐っているといえば腐っている、ということになってしまった。あれ? こんな「気の持ちようだよ」みたいな結論でいいのだろうか? 実家の母みたいになってきたぞ。

尾田:ただ、くさいものでも発酵食品であれば保存性は高まってるのでシュールストレミングを食べてもおなかは壊さない。むしろ機能性成分としては高まっているかもしれない。昔の人は魚を保存させる方法がなかったところ、発酵させることで次の年も食べられるようになった。保存性が高まったり栄養が高まったりするのが発酵のいいことですね。

榎本:そうそう、発酵食品が健康にいいと最近すごく言われていますが、もともとは保存をするためのもの。日本は島国で海に囲まれてお魚がいっぱいとれるけれど、全然日持ちしないからどうしようという状況からできたのが発酵なので、まず保存という役割がありますね。

「くさいなあ」とか「でもそれがいいんだよなあ」の前に、シュールストレミングは「保存させるため」という理由がある。なんでもフィンランドで塩が貴重な時代に塩の量を減らした塩漬けが、シュールストレミングなんだそうだ。

─北欧も海に囲まれている大きな島という点では日本と同じですね。

榎本:日本は高温多湿で腐りやすいから発酵させて腐敗菌をブロックさせてたのが大きいと思うんです。一方、北欧は寒くて食料をとれない時期があるので、その間に必要な食べものを保存する必要から発酵の技術が高まったんじゃないでしょうか。海に囲まれている点も通じるものがあるし、発酵が得意という意味でも日本と北欧は通じてますよね。

『世界のベストレストラン50』(イギリスの雑誌『Restaurant Magazine』主催のレストランアワード)で世界1位に何回も選ばれている「noma」というレストランがデンマークにあるんですけど、そこのレネ・レゼピという有名なシェフが先日発酵の本を出しました(日本では『ノーマの発酵ガイド』(KADOKAWA)として2019年3月20日発売予定)。その本には味噌や醤油、麹のことも書いてあるんです。今の食のトレンドである新北欧料理の、それも一番と言ってもいいほど有名な人が日本の発酵技術に興味を持っている。これってすごいことだと思います。

尾田:保存だけでなく、発酵という過程を経ることで栄養価も高まります。人間の体に吸収されやすい栄養素に微生物が分解してくれるので、体の負担がなく栄養を吸収しやすい。

たとえば甘酒の甘さって酵素の力でデンプンを分解して糖分にしてくれているからなんですが、それってごはんを口のなかでずっと噛んでると甘くなってくるのと同じなんですね。口ですることが甘酒のなかですでにされている。だから胃腸の調子が悪いときでも、甘酒ならそのままごくごく飲んでも負担なく栄養を吸収しやすいんです。

「日本食自体が世界的に注目されて『なぜあんなにおいしいんだ?』となったときの根幹は、発酵食品に行きつくと思うんですよね。」(尾田)

─さきほどのレネ・レゼピさんもそうでしたが、日本の発酵食品が世界的に注目されるのはなぜですか?

榎本:まず発酵の技術ですね。たとえばアルコール発酵には糖分が必要なんですが、日本酒の場合、お米って噛まないと甘くないじゃないですか。それはデンプンがまだブドウ糖に分解されていないからなんです。その糖化を米麹がやりつつ、さらにできた糖を酵母がアルコール発酵させる。それをマルチタスクで平行してやるっていうのが世界でも類をみない高度な醸造方法なんです。

尾田:日本の発酵食品ってものすごい技術の集結だと思うんですが、日本ではなかなか注目されないですよね。日本人として味噌や醤油があるのは当たり前すぎて、なぜか後発的に日本に入ってきたヨーグルトよりも研究が進んでなかったりします。

あるある。たしかに私たちはヨーグルトの効能ばかり知っている。今後よく調べるとインフルエンザに効く味噌とか出てくるのかもしれない。

榎本:そしてもちろん技術だけでなくおいしさもありますよね。今、「noma」の元シェフが日本で「INUA」というレストランをやっていて、そこでも味噌や酒粕が使われています。旨味や甘みを高める日本の発酵食品の力を存分に活かしているんですね。

日本食ってすごく複雑で奥深い味がしますよね。国によって違いがありそうですが、たとえばフランスのソースを作っているシェフが深みを出すのに日本の食材に目を向けるんじゃないのかなと。

尾田:日本食自体が世界的に注目されて「なぜあんなにおいしいんだ?」となったときの根幹は、発酵食品に行きつくと思うんですよね。醤油だったり味噌だったり、日本食のベースが発酵食品なので、フランスや別の国の料理にもチャレンジはされるでしょう。

最近では、食品にこだわりのあるかたは化学調味料の代わりに塩麹や醤油麹でうまみを出したり、上白糖のかわりに甘酒を使ったり、発酵調味料を使われていますね。

榎本:食のトレンドである北欧をはじめ、世界的に日本食のおいしさと発酵の技術を認めてもらっている。それなのに日本人の多くがそこまですごみをわかってないのはもったいないですよね。日本の食卓ではごはんと味噌汁とか、ごはんとつけものとか、いつもごはんが中心ですけど海外だとワインやチーズが中心にきたりする。日本でも発酵食品がその位置づけにもうちょっときてもいいんじゃないかと思います。

「話は無限に拡がるんですが……」と前置きされたうえでうかがったお話はほんの一部である。世界一匂いが強い食品から、あなたの代わりに米を甘くなるまで噛んでくれる甘酒まで。発酵の力と、どうやってそれを見つけてきたのか頭が痛くなるような人間の文化の分厚さに頭が下がる思いだ。今後は牛丼屋で「牛丼に味噌汁つけて」とはもう言わない。「味噌汁に牛丼つけてください」とオーダーすることにした。

プロフィール
マルコメ株式会社 (まるこめかぶしきがいしゃ)

だし入りの味噌「料亭の味」や液状タイプで使いやすい「液みそ」を主力とする食品メーカー。近年は味噌づくりに欠かせない米糀と発酵技術を活かしたアルコール0%の「糀甘酒」が大ヒット。同じく味噌の主原料にある大豆では、高たんぱくで低脂質な「大豆のお肉」やグルテンフリーの「大豆粉」関連の商品が話題に。ベジタリアンやヘルシー志向の方にとどまらず、罪悪感のない食事を意味するギルトフリーの食生活を提案している。

榎本美沙 (えのもと みさ)

料理家、発酵マイスター。広告会社勤務の傍ら、夫婦で一緒に料理を作るレシピ紹介サイト「ふたりごはん」を開設。その後、調理師学校を卒業し独立。「季節の手仕事・季節の料理」を忙しい人にも気軽にをモットーにレシピ開発をおこなう。主に「旬野菜、発酵の手軽料理」などの領域で、雑誌やWEBへのレシピ提供、企業のレシピ開発、料理教室、イベント出演などを行う。

大北栄人 (おおきた しげと)

ウェブのライター、コントのユニット「明日のアー」の主宰。映像作品で『したコメ大賞2017グランプリ』受賞。アーは恥ずかしいことを思い出して出るうめき声のこと。いましてることはすべて明日のアーであるという自覚がある。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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