「楽曲の魅力」なくして叶えられなかった、K-POPの世界的ヒット
BTSの国際的な成功は、ポップミュージック史上の1つの出来事であるだけでなく、社会的にエポックメイキングな事象として欧米の主要でメディアで取り上げられた。アジア出身アーティスト初の全米アルバムチャート1位という快挙を説明する理由には、SNSを使ったファンとの密なコミュニケーションや、若者の心情を表現した等身大の歌詞、複雑なダンスパフォーマンスといったキーワードが並ぶが、楽曲の魅力なくしては欧米のファンの心を掴むことはできない。
BTSはメンバー自身が作詞作曲に携わっていることでも知られるが、たとえば全米ビルボード200チャート1位に輝いた最新作『LOVE YOURSELF 結 'Answer'』(2018年5月)の収録曲のクレジットを見てみると、1曲に複数のプロデューサーの名前が並んでいる場合があることに気がつくだろう。
メンバーや彼らの事務所Big Hitエンターテインメントの代表であるパン・シヒョクプロデューサー、Pdogg、Slow Rabbitといった同事務所所属の作曲家たちに加えて、10人近いプロデューサーの名前がクレジットされていることもある。その多くが欧米を拠点にするプロデューサーたちだ。
K-POPの世界的ヒットの裏には、北欧のプロデューサーの存在があった
K-POPの欧米での人気の理由の1つに、現地のファンにも耳なじみのあるような、欧米の音楽シーンと同時代性のあるサウンドを取り入れているという点が挙げられるが、そういったサウンド作りに、彼らは貢献している。そしてそんなK-POPのサウンドを支えるプロデューサー陣には、実は北欧の作曲家が多数名を連ねている。
たとえばノルウェーの作曲家アンネ・ジュディス・ウィック。彼女は2008年からK-POPへの楽曲提供を始め、最初に参加したのは少女時代の日本デビュー曲にもなった“GENIE”だという。その後も少女時代の“I Got a Boy”(2013年)、f(x)の“Rum Pum Pum Pum”(2013年)、Red Velvetの“Happiness”(2014年)をはじめ、数多くのK-POPアーティストのヒット曲に参加している。最近では7月にリリースされたTWICEの“Dance The Night Away”のクレジットにも彼女の名前を見つけることができる。
スウェーデンのプロデューサーユニット・Caesar & Louiは、TWICE、少女時代、Red Velvetの作品に参加し、2017年にアメリカのビルボード・ワールドアルバムチャートの頂点に3度輝いている。特にRed Velvetの“Red Flavor”は本国の音源チャート1位を記録するなど大きなヒットを記録した。彼らはこれまでにもSUPER JUNIOR“Swing”(2014年)、SHINeeのテミンとEXOのカイのコラボ曲“Pretty Boy”(2014年)といった楽曲に参加しており、2018年に入ってからもMonsta X『The Connect: Dejavu』、LOONA『+ +』、NCT 127の日本デビュー作『Chain』などに楽曲を提供した。
欧米と韓国のプロデューサーが協業し、化学反応を起こすことで独自のサウンドが生まれる
こうした「協業」による作曲を可能にする仕組みの1つが、世界中のプロデューサーが集まってコラボレーションする「ソングキャンプ」だ。SMエンターテインメント(韓国の大手芸能事務所・レコード会社)は2010年前後から欧米にネットワークを広げており、2010年にストックホルムで開催したソングキャンプでは、参加した全ての作曲家がSMエンターテインメントのアーティストのためだけに4日間にわたって曲作りをしたという。BoAの“Hurricane Venus”(2010年)やEXOの“Wolf”(2013年)はこのようなソングキャンプから生まれた。
S.E.S.(SMエンターテインメントの初期の代表的なガールズグループ)が1998年にフィンランドのガールズユニットNylon Beat(フィンランドの音楽ユニット)の楽曲“Like A Fool”をカバーした“Dreams Come True”を発表していることから、同社は当時から北欧のサウンドに目を向けていたのだろう。
Nylon Beat “Like A Fool”を聴く(Apple Musicはこちら)
アンネ・ジュディス・ウィックはソングキャンプで曲作りをすることの利点を「趣向や背景が全く異なる作曲家が一緒に作業することで、魔法のような斬新な曲が生まれる」と、かつてインタビューで話している(「Kstyle」2014年10月31日インタビュー記事より)。1曲の中に複数のジャンルが入れ替わり立ち替わり現れる、大胆な曲の展開はK-POPの特徴の1つだ。
欧米のプロデューサーの持つグローバルなポップソングの感覚と韓国人の好みを把握している自国のプロデューサーが協業し、化学反応を起こすことで、独自の「K-POPサウンド」が作り出されているのかもしれない。
またCaesar & Louiは、Red Velvetの“Red Flavor”がもともとはイギリスの人気ガールズグループLittle Mixに提供することを想定して作っていたことを明かしているが(「TONE GLOW」2017年8月8日インタビュー記事にて)、それが様々な工程を経てRed Velvetのヒット曲になったというエピソードも、K-POPと欧米のプロデューサーの繋がりを象徴している。
良質なポップミュージックを輸出し続けるスウェーデンをはじめ、北欧の音楽家の手腕に注目
スウェーデンに限って言えば、世界有数のポップミュージックの輸出国として知られる。ビルボードチャート上位の半数近い楽曲の背後にスウェーデンのプロデューサーがいることも珍しくはない。Backstreet Boysやブリトニー・スピアーズ、セリーヌ・ディオン、ピンク、Bon Jovi、テイラー・スウィフト、アリアナ・グランデなどを手掛けたマックス・マーティンもスウェーデン出身。彼は『グラミー賞』受賞歴もある。2013年にはスウェーデンがアメリカ、イギリスに次ぐ第3位の音楽輸出国になったとの報道もあった。
振り返れば古くはABBAにはじまり、スウェディッシュポップの代表格The Cardigans、1990年代から第一線で活動するRobyn、さらにはAviciiやSwedish House MafiaといったEDM勢まで、ジャンルは違えど「ポップミュージック」のフィールドの中でスウェーデンのミュージシャンたちは良質な音楽を生み出し続けてきた。ポップ大国である北欧の国々で活動する音楽家たちの手腕は、K-POPが世界の中の「独自のポップミュージック」へと進化していく過程においても大きな役割を果たしていたのだ。
あなたが何気なく聴いていた曲の背後にも実は北欧のプロデューサーがいるかもしれない。彼らの多くは普段あまり表に出ることのない職人のような存在だが、そんな北欧の隠れたポップ職人に注目して聴いてみるのも、1つの音楽の楽しみ方ではないだろうか。