メイン画像:『ブラックパンサー』より / © 2018 MARVEL
いまや音楽や映画、文学、演劇、アート、ファッションの世界は、複雑に絡み合い、相互に影響を与え合っていて、それぞれのカルチャーを切り離して語るのはもったいないこと。このページにたどり着いたあなたなら、そのことにもうお気づきかもしれない。それはなにも音楽や映画に限った話ではなくて、「クルマ」についても同じなのだ。
クルマを好きになれば、ポップカルチャーへの理解はもっと深まる。そんなコンセプトではじまった、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正よるクルマを知り、文化を知るための短期連載「ポップカルチャー愛好家のためのクルマ講座」(全3回を予定)の第1回をお届け。初回は、クルマとポップカルチャーに関する基礎知識と、クルマとドラマ・映画の相関の歴史を紐解くにあたっては避けて通れない「プロダクト・プレイスメント」(映画やテレビドラマの劇中において、役者の小道具として、または背景として実在する企業名・商品名を表示させる手法のこと)について。『007』シリーズやマーベル作品など、クルマを知ることでいままで観てきた映画の知らない世界に触れてもらえたら幸いだ。(Fika編集部)
「クルマ」は、映画を鑑賞する際の重要な物差しなのである
「映画好き」であり「クルマ好き」でもあることは、必然的に、映画を観る際の注意力を敏感にさせる。映画がはじまると、観客は無意識にまず2つのことを知ろうとするだろう。一体これはいつの時代の話なのか? そしてどんな場所での話なのか? たとえばそれが『スター・ウォーズ』シリーズならば、「遠い昔」(どの時代)、「遥か彼方の銀河系で」(どんな場所)と、それが最初に文字で示されるわけだが、世の中、必ずしもそんな親切な映画ばかりではない。
ところが「クルマ好き」だと、作中で走っているクルマの年代、そしてその車種の傾向で、その作品の舞台となる時代も国や都市もおおよその見当をつけることができる。映画は「総合芸術」と呼ばれるだけあって、風景や登場人物のファッションやヘアスタイルなどあらゆる記号の集積でできているわけだが、「クルマ好き」ならそこで重要な手がかりを他の人たちよりもひとつ余分に手にしていることになる。
もうひとつ、映画を観る際に「クルマ好き」であることのアドバンテージがある。その映画でクルマがどのように扱われているかを正確に把握することができれば、その映画が「どの程度」の作品であるかがわかってしまうということだ。
2018年日本公開の作品で言うと、たとえば1950年代のロンドンを舞台にした『ファントム・スレッド』(監督はポール・トーマス・アンダーソン)、1970年代のローマを舞台にした『ゲティ家の身代金』(監督はリドリー・スコット)、1980年代の北イタリアの田舎町を舞台にした『君の名前で僕を呼んで』(監督はルカ・グァダニーノ)。これらはどれも素晴らしい映画だが、その素晴らしさを担保している1つの要素として、当時その街に走っていたはずのクルマを徹底的に集めて、背景も含めて完璧に再現し、作中で効果的に使っていることが挙げられる。
「海外の作品はそれだけ製作費が潤沢にあるから」と思う人もいるかもしれないが、『ファントム・スレッド』や『君の名前で僕を呼んで』は一般的なハリウッド映画に比べれば製作費は少ない部類に入る。つまり限られた製作費、時間、スタッフの労働力をクルマに投入することは、お金というよりも作り手の執着心の問題なのだ。「映画のなかのクルマ」が作品のルック(見映え)やクラス(格)にダイレクトに影響することを、優れた映画人ほどよく知っている。
映画業界を裏で支える広告システム、プロダクト・プレイスメントについて
映画やドラマにおけるクルマの効果をよく知っているのは、映画人だけではない。筆者含め、アストンマーティンというメーカーを『007』シリーズを通して子どもの頃に初めて知ったという人も多いだろう。その『007』で3代目ジェームズ・ボンドに抜擢されたロジャー・ムーアの出世作となったのは、英国の人気ドラマ『セイント 天国野郎』(1962年~1969年にかけて放映)だった。
ロジャー・ムーア演じる主人公の怪盗サイモン・テンプラーが乗っていたボルボのスポーツクーペP1800Sの流麗なデザインは、それまで「質実剛健で実用的なクルマ」として知られていたボルボのイメージを世界的に大きく変えることになった(ボルボP1800Sは、その洗練されたスポーティーなデザインもさることながら、「自家用車走行距離のギネス記録」を持つ耐久性・堅牢性に優れたモデルでもある)。特にボルボがアメリカのマーケットを開拓する上で、同作の人気は大いに貢献。ロジャー・ムーアはドラマ放送終了後にP1800Sを引き取り、愛車として大切にしていたという。
1990年代以降、自動車メーカーはそのような映画やドラマの絶大な影響力に目をつけ、本格的に映画産業にコミットするようになる。いわゆるプロダクト・プレイスメント時代のはじまりだ。
プロダクト・プレイスメントとは、商品(プロダクト)を作品のなかに配置(プレイスメント)すること。日本の映画やドラマでは「協賛」という名目でクレジットされることも多いが、海外の大作映画におけるプロダクト・プレイスメントは専門の広告代理店も多数存在するなど、よりシステマティックに整備されていて、そこで動く金額もケタ違い。完全に映画産業の一部となっている。もちろん、そこで扱われる「商品」はクルマだけでなく、ファッション、時計、貴金属、日常雑貨、飲料、ファストフードチェーンなど様々だが、そこで群を抜いて高額の広告費が発生している商品が「クルマ」であることは間違いないだろう。
『007』シリーズが築いた、プロダクト・プレイスメントの歴史
プロダクト・プレイスメントの歴史においても、象徴的な役割を果たしたのは『007』シリーズだった。『007は二度死ぬ』(1967年、監督はルイス・ギルバート)のトヨタ2000GT、『007 ダイヤモンドは永遠に』(1971年、監督はガイ・ハミルトン)のフォード・マスタング・マッハ1などロケ国に応じての変更はあったものの、それまで「ボンド・カー」といえばアストンマーティン、もしくはロータスやベントレーといった英国車がメインだったにもかかわらず、『007 ゴールデンアイ』(1995年、監督はマーティン・キャンベル)、『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年、監督はロジャー・スポティスウッド)、『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年、監督はマイケル・アプテッド)と3作品続けてボンド・カーがBMWに。
しかも、単にBMWが巨額の協賛費を作品に投じたというだけでなく、『ゴールデンアイ』のZ3のように、そこに撮影当時はまだ市販前のプロトモデルを提供していた。市販前のプロトモデルや、場合によっては発表前のコンセプトモデルを、監督や製作者が作品内容を踏まえて採用することは現実的には不可能なこと。クルマが活躍する大作アクション映画におけるクルマ選びは、監督や製作者の手の届かない場所でのビジネスとなってしまったのだ。
マーベル作品とクルマ。プロダクト・プレイスメントを知れば、見方も変わる
映画に登場したコンセプトモデルで記憶に新しいのは、2012年の『アベンジャーズ』第1作(監督はジョス・ウェドン)において、トニー・スタークが乗っていたホンダNSXロードスター(アメリカではアキュラNSXロードスター)だ。
『アイアンマン』シリーズを筆頭に、それまでのほとんどのマーベル・シネマティック・ユニバース作品では、アウディがクルマのプロダクト・プレイスメントを握っていた。主要登場キャラクターのクルマだけでなく、街中の戦闘で破壊されるクルマもアウディばかりという作品も過去にはあったりするほど、作中におけるクルマのプロダクト・プレイスメントはコンマ秒単位でコントロールされている。さすがにそれはどうなのかと思っていたら、ある時期から破壊されるクルマだけ別のメーカーのものになっていて思わず苦笑してしまったが、マーベル作品におけるアウディの牙城を、(当時の)歴史的ヒット作となった『アベンジャーズ』で果敢にも崩しにかかっていたのがホンダだった。
しかし、あまりにも費用がかかりすぎたからだろうか、ホンダ車がマーベル作品のメインカーとして登場したのは『アベンジャーズ』が最初で最後。そもそも、ホンダNSXが市場に登場したのは『アベンジャーズ』公開から4年後の2016年。コンセプトモデルから微妙にデザインも変更されていたことに加えて、そもそも劇中に登場したロードスター・モデル(オープン・モデル)は2018年の現在も正式発表さえされていない。クルマの開発は市場動向などを見据えた5~10年単位の仕事。近年のハリウッドのスピード感と足並みを揃えるのも、なかなか困難なことがわかる。
クルマ文化から見ても、『ブラックパンサー』は革新的作品であった
その『アベンジャーズ』第1作、第2作(2015年公開、ジョス・ウェドン監督作『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』)をも上回る世界興収を記録して、マーベル作品に革命的変革をもたらした『ブラックパンサー』(2018年、監督はライアン・クーグラー)は、クルマのプロダクト・プレイスメントにおいてもマーベル作品に新風を巻き起こした作品だった。
同作ではブラックパンサーが「乗車」するのではなく文字通りクルマの上に「乗っかって」、アメリカでも日本でもまだ発売されて間もない新型車レクサスLC500が大活躍していた。これまでレクサスのイメージは一般的には「高級車」。『ブラックパンサー』の記録破りの世界的メガヒットは、同メーカーの「若者向け」の「スポーティー」なイメージを広める上で多大なる貢献をしたに違いない。
このようにプロダクト・プレイスメントは、単にブランドを広めるだけでなく、通常の開発や販売、広報活動だけでは何年もかかるようなブランドのイメージチェンジまでをも一瞬で可能にしてしまう(もちろん、作品自体の成功は不可欠だが)。だからこそ、自動車メーカーは莫大な予算を用意して大作のプロダクト・プレイスメント争奪戦へと参加するのだと言える。
一方、そうした行き過ぎたプロダクト・プレイスメントへの反動もあるのだろう。カルチャーシーン全体の1980年代リバイバル、1990年代リバイバルの動きとも足並みを揃えるように、近年は現代が舞台の作品であっても敢えて旧車、もしくは旧車まではいかない「ちょっと古いクルマ」の活躍が目立ってきている。次回はそんな「映画やドラマのなかのクルマ」の最新トレンドを探っていこう。
- リリース情報
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- 『ブラックパンサー MovieNEX』
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2018年7月4日(水)発売
価格:4,320円(税込)
監督:ライアン・クーグラー
主演:チャドウィック・ボーズマン
- 『ブラックパンサー 4K UHD MovieNEX』
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2018年7月4日(水)発売
価格:8,424円(税込)
- 『ブラックパンサー 4K UHD MovieNEXプレミアムBOX(数量限定)』
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2018年7月4日(水)発売
価格:15,120円(税込)※2018年6月6日(水)先行デジタル配信開始