テレビのコメンテーターなどでも活躍している社会学者、古市憲寿。彼は、大学時代にノルウェーに留学して以来、近年はフィンランドの社会学者、トゥーッカ・トイボネンとフィンランドに関する書籍『国家がよみがえるとき』を編纂するなど、北欧通としても知られる存在だ。代表作『絶望の国の幸福な若者たち』をはじめ、現代を生きる日本の若者たちの生態にも詳しい彼は、ノルウェー留学時代に、そして現地取材で訪れたフィンランドで、何を見て、どんなことを感じてきたのだろうか。今後、ますます高齢化社会となっていく日本の状況も踏まえながら、その知見を語ってもらった。
ぼくは大学時代、「無限にキャリアアップしていく生き方」ではない選択肢を考えていた
—古市さんは、大学時代に1年間ノルウェーに留学されていたんですよね?
古市:そうですね。友だちも多いので、いまも年に1回ぐらいは行っています。留学で初めて行くまでは、ノルウェーといわれても、福祉国家であるとか、サーモンが有名とか、それくらいの漠としたイメージしかありませんでした。実際にノルウェーのオスロで1年間暮らしてみると、日本より若い世代が多いにもかかわらず、成熟していて、あんまりガツガツしていない社会だという印象を受けました。
たとえば、土日は家のそばにある湖を散歩するとか、夏は別荘でゆっくり過ごすとか。僕の住んでいた大学寮のすぐとなりには、大きな池があって、その池のまわりをよく散歩していました。東京に住んでいたら、そんな生活環境は、あまりないじゃないですか。
—そうですね。
古市:オスロはノルウェーでもいちばん大きい街だったんですけど、それでも人口が60万人ぐらい。スーパーで売っているものの種類もそんなに多くないし、映画館などのエンターテイメント施設がたくさんあるわけでもない。だから、消費っていう意味では、すごく選択肢の限られた街なのですが、その一方で労働時間は短いし、身近に自然もある。本当に大都会へ行きたければ、ロンドンやパリへは飛行機で数時間。暮らしやすい街だなあと思いました。
—そもそもなぜ、ノルウェーに留学しようと思ったのですか?
古市:何となく留学したいなとは思っていたんですけど、たとえばアメリカの大学に行った場合、卒業後は大手企業に入って、どんどん年収をアップさせていく……もう無限にキャリアアップしていかなきゃいけない感じがしたんですよね。そういう資本主義のレールに乗っかるのなら絶対アメリカがいいんですけど、それはそれですごく大変だなと思ってしまって。
で、そういうものから初めから降りて、ほかの選択肢は何かと考えたときに、北欧が選択肢に挙がってきたんです。アメリカの大学は授業のリーディングリスト(大学から読むべき本のリストとして与えられるもの)が多くて、学生が頑張らないといけないことが多いと思うんですけど、ノルウェーは違いました。授業が週に3コマだったり、読書量もそんな多くなかったりと、学生に求める条件が、そんなに多くないんです。そのぶん、友だちとカードゲームをやったり、ホームパーティーをしたり、ヨーロッパ旅行をして回ったり……ほとんど余暇、というか老後みたいな1年間を過ごしていました。
—ノルウェーの若者たちは、そういう生活に物足りなさを感じたりはしないのですか?
古市:うーん、そういうのがつまらないと言って海外に出る人も多いみたいですね。ただ、ぼくが行った2005年当時は、もう普通にインターネットが普及していたので、ノルウェーの友だちは日本のアニメとかを見て楽しんでいましたね。あとは、ホームパーティーが、とにかく多い。大学の寮に住んでいたのもありますけど、どこかのフラットに集まって、料理をみんなでつくってホームパーティーをするみたいなことはつねにやっていて。僕もよく参加していました。
ノルウェーは北欧のなかでも物価が高いので、特に学生だと、外食文化があまりないんです。バーに行くときも、家でビールとかを飲んで、酔っぱらってから行くみたいな感じでした。ホームパーティーとか、友だちの家に集まって遊ぶという生活は、それはそれで、すごい楽しかったです。
福祉国家ノルウェーには、日本のように老後や貯蓄に対して心配する人が少ない
—ほかに印象的だったことはありますか?
古市:そうですね。ノルウェーはノーマライゼーションというか、障害者に対する考えが日本とは全然違うなと思いました。日本は全駅にエレベーターをつけることで、バリアフリーを達成しましたよね。でも留学当時のノルウェーでは、駅にエレベーターがなかったり、ステップのある路面電車も普通に走っていました。おそらく車椅子の不便さを、インフラではなく、誰かの手助けを前提に解決しているんですよね。ベビーカーを押している人も街中にたくさんいるけど、段差があったら、近くにいる人がサポートするのが当たり前なんです。良くも悪くも、障害を持った人を特別扱いしない意識が北欧にはあると思います。
—先ほどの「ガツガツしてない」の話じゃないですけど、人々の心に、どこか余裕みたいなものがあるのでしょうか?
古市:もしかしたら、必死に貯金をする必要がないっていうのは大きいかもしれないですね。高福祉国家と言われているだけに、病気になっても医療費の心配はないし、老後も国がなんとかしてくれる。個人が将来のために貯金をする必要がほとんどないんです。だから、自分で稼いだお金は、将来のことを考えずにとりあえず使ったり、投資しちゃおうと気楽に考えることができるんだと思います。それが彼らの心の安定につながっているのかもしれません。
—経済的な意味で、将来に対する不安が少ないというか。
古市:もちろん、北欧のなかでも国によって、ちょっと状況が違います。フィンランドは、1991年にソ連が崩壊したとき、経済がかなり厳しい状態になって……最近ではフィンランド経済を支えてきた携帯会社ノキアが経営不振に陥るなど、国を揺るがすぐらい経済がガクッと落ち込んだりもしました。
でも、ノルウェーの場合は、産油国で、財源にも余裕があるので、国家として当面のあいだは未来を心配する必要がない。もちろん、不動産を所有しているかどうかなど、個人間での格差はありますが、日本との大きな違いは、国を信頼できるかどうかだと思います。
あと、ノルウェーでは、全国民の所得が閲覧可能なんですよね。ちょっと前までは、インターネット上で誰かの名前を入力すると、その人の去年の所得と納税額が、全部出てきました。同僚の給料も、となりの家の人の給料も、結婚相手の給料も見えてしまうんです。
—個人情報の考え方自体が、そもそも日本とは違うんでしょうね。
古市:そう、とにかく全部オープンにするっていう。最近はようやく、閲覧人数に制限をつけるなど、考え方も若干変わってきたようですが。それでも日本に比べると、はるかにオープンな社会だと思います。個人の住所や電話番号も簡単に検索できますし。現地の人に言わせると、「何で隠すの?」みたいな感覚らしいですね。
高校卒業イベントは1か月かけてバカ騒ぎする。でもそのあと彼らには徴兵制が待っているんです
—ノルウェーの若者文化でいえば、昨年、一般人の「セックス」を映した若者向けのテレビ番組が放送されたことが話題になりました。
古市:そうそう、NRKっていう、日本でいうところのNHKみたいな国営放送局が、性のことを若者に教えようという主旨の番組をつくりました。みんなAVでセックスを学んじゃうけど、それは男性のためにつくられた映像であることも多いし、それで「間違った」セックスを覚えてしまう人も多い。そこで、ありのままの普通のセックスを番組で見せようと、一般からカップルを募集して、2人のセックスをそのまま見せてもらうという回があったんです。
その回ばかりがひとり歩きしてしまいましたけど、LGBTやフェチズムの話とか、性にまつわるいろんなトピックを、1人のナビゲーターが、その現場を歩いてレポートするみたいな内容で、真面目な番組だと思いました。
—なるほど。
古市:友人のノルウェー人に聞いてみたのですが、賛否両論はあったみたいですね。そんなことやらなくてもいいんじゃないかっていう人もいたし、そもそもみんなの前でセックスを公開しようとする人が普通かって言ったら、普通じゃないだろっていう人もいたし。ただ、いろんなことをオープンにしていくことで課題解決をしていこうという考え方がノルウェーらしいなとは思いました。
—あと、ノルウェーの高校生には、「ルス」という独特な習慣があるそうですね。
古市:「ルス」は面白いですよ。高校卒業のタイミングで、1か月ぐらい高校生たちがバカ騒ぎをし続けるんです。みんなでお揃いのつなぎを着て。いちばんイケてるグループは、そのために貯金をして、30人ぐらい乗れるバスを運転手込みでチャーターして、それに乗って国中をまわりながらパーティーをし続けたりする。
しかも、このノルマをクリアしたら何ポイントみたいな執行委員が用意したいろんなルールもあるんです。たとえば、オスロ市のこの銅像にのぼると何ポイント、テレビ中継に乱入したら何ポイントとか、いろんなノルマ(下着だけで授業を受けるなどのふざけたものから、がんの支援機関に寄付というまじめなものまで)があって、たくさんノルマをクリアした生徒が、みんなから尊敬されるっていう。いろんな問題も起こっているんですが、大人たちも多くの人がやってきたことなので、基本的に寛容ではあるようです。
—日本の若者がワールドカップのときに渋谷のスクランブル交差点でハイタッチするどころの騒ぎではない?
古市:そのようなことを、1か月ずっとやっているわけなので、盛り上がりはかなりすごいですね。そもそも普段が大人しい国なので、余計にそう感じるのかもしれません。「ルス」の最終日がノルウェーの憲法記念日である5月17日に設定されているのですが、その日はノルウェーがスウェーデンからの独立を宣言した記念日なので、若者も大人も、国全体がとても盛り上がる。あと、ノルウェーは徴兵制があるので、「ルス」のあと兵役に行く人も多いんです。徴兵前の盛り上がりみたいな意味合いもすごくあるみたいです。
—そう、ノルウェーとフィンランドは、現在も徴兵制があるんですよね。
古市:そうですね。スウェーデンも2010年に廃止したあとで、2018年に復活していますね。ノルウェーはナチスドイツに襲われた経験があって、フィンランドはロシアと隣接しているし、たびたび弾圧を受けた歴史があることから、なかなか徴兵制の廃止に踏み切れないようです。
僕が留学した当時、ノルウェーでは男性だけが徴兵対象で驚いた記憶があります。これだけ男女平等を徹底させようとしている国で、どうして徴兵だけは例外なんだろうと。いまでは、男女ともに徴兵対象になりました。日本の状況からすると、それが良いのか悪いのかはわかりませんが、一つの男女平等のあり方ではあるのだと思います。
日本は何かに失敗した人に対して社会が厳しい
—ちなみに、フィンランドは、今年3月に国連が発表した「世界幸福度報告書2018」で、幸福度ランキング1位の国になりましたが(日本は54位)。
古市:さまざまな幸福度調査がありますが、一般的に北欧の国々は上位にくることが多いですよね。GDP(国内総生産)とか、社会支援、社会の自由度と寛大さなどを指標にした調査では当然上位にランクインするでしょうし、主観的な幸福度も高い場合が多い。
ただ、主観的な幸福度って、「多くを望まない人ほど幸福度や満足度は高い」ということにもつながる。「足るを知る」北欧の人々の幸福度が高いのは、驚くことではないと思います。あとやっぱり、期待とのギャップという面があるというか、国の未来に不安がないというのは大きいんでしょうね。
—なるほど。
古市:フィンランドの友だちとかと話していて、「そんなラフな計画で、起業家になるの?」ってビックリするときがありました。彼らからすると、失敗しても福祉があるからという考えみたいなんです。福祉国家というのは、人々を怠けさせるのではないかと考えられていた時期もありましたが、じつは「挑戦しやすい土壌」をつくるという意味合いもあるんです。失敗しても何とかなるから、個人がリスクを取りやすい。実際、最近の北欧では起業率が決して低くないんです。
それに比べると、日本は挑戦がしにくい国なのかもしれません。それは、失敗したら何もかも失っちゃうんじゃないかっていう恐怖感があるから。なおかつ、何もかも失った人や、再チャレンジする人に対して社会が厳しいじゃないですか。
—そういう意味では日本も、社会制度自体はもちろん、その考え方自体も変えていかないといけないのかもしれないですね。
古市:日本って、いろんなことが「掛け声」だけなんですよね。財政のために企業を増やしましょうとか、起業立国にしましょうとか。でも本当は制度を変えないと人々は動かない。少子化対策にしても、起業率を増やすにしても、若い世代が安心して暮らしていける社会をつくることが必要なはずなのに、表面を取り繕って終わっているケースがとても多いと思います。
—そういうなかで、日本は今後、どういう道をとるべきだと思いますか?
古市:うーん、いろいろな問題があるとはいえ、やっぱり日本は世界と比較すると暮らしやすい国ですよね。人口がこれだけいるから、マーケットが大きくて……なおかつ、物価が安いじゃないですか。コンビニやファストフードが充実しているから、食環境もいい。たとえば、ロンドンで暮らそうとすると、物価が毎年数パーセントずつ上がっていくから、生活レベルを維持しようと思ったら、毎年給料を上げていかないといけない。だけど、いまの日本は、良くも悪くもそうではない。
日本にとって一番の問題は、少子高齢化です。少子化対策には失敗し続け、高齢化率は高まる一方で、人口減少も始まりました。人口が減ること自体はいいのですが、問題なのはバランスです。働く現役世代が少なくなるなかで、増える一方の高齢者をいかに支えればいいのか。たとえば、2025年には認知症または予備軍の人が1,300万人になると予測されています。認知症の特効薬がまだ開発されないなか、あまり楽観的なことばかりを言っていられない状況になりつつあります。
—そういう社会のなかで、若者たちはどのように生きれば。
古市:国民生活に関する世論調査で、「今後の生活の見通し」について「良くなっていく」「同じようなもの」「悪くなっていく」「わからない」の四択を聞いているんですが、「同じようなもの」と答えた人が6割以上なんです。なんとなく、「こんなふうにやっていけるんじゃないかな」って思っている人が多いのではないでしょうか。
いまの20代、30代の親は高度成長期の恩恵を受けている世代が多いので、家族で考えた場合、比較的裕福な人が多い。だから親を頼れば、なんとかやっていける場合も多いのですが、問題はその次の世代ですよね。
—これから少子高齢化が加速していくわけですしね。
古市:日本の高齢者の定義って、65歳以上ですよね。それを、75歳まで働いて、年金も75歳に引き上げたら、いまと変わらない水準でやっていけるという考え方があります。労働力不足が進んでいるうえ、技術革新で本当に体力が必要な仕事は減っていくかもしれない。そんなふうにして、日本は何とかやり過ごしていけるのかもしれません。
北欧に関していえば、明るい話題が多いですよね。温暖化の影響で、これからどんどん北極航路が開通していけば、地理的にも非常に便利な場所になっていく。また、温かくなることで、これまで北欧では無理だった農作物をどんどんつくれる可能性も出てきた。温暖化によって、暖房需要が減ったり、森林が増加したり、北欧はチャンスにあふれた場所になってきましたね。
—なるほど。それぞれの国の未来予想図は違いますが、北欧であっても日本であっても、自分自身にとっての「幸せな生き方」を見つけて、選択していくことが大切なのかもしれませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
- プロフィール
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- 古市憲寿 (ふるいち のりとし)
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1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。若者の生態を的確に描出した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目を集め、テレビ番組のコメンテーターなどでも活躍中。ほかにも、トゥーッカ・トイボネン氏との共著『国家がよみがえるとき持たざる国であるフィンランドが何度も再生できた理由』(マガジンハウス)など。また、大学在学中にノルウェーに留学経験がある。