福祉国家に暮らす若者は幸せ?留学もした古市憲寿が北欧を語る

福祉国家に暮らす若者は幸せ?留学もした古市憲寿が北欧を語る

インタビュー・テキスト
麦倉正樹
撮影:西田香織 編集:青柳麗野
2018/06/12
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テレビのコメンテーターなどでも活躍している社会学者、古市憲寿。彼は、大学時代にノルウェーに留学して以来、近年はフィンランドの社会学者、トゥーッカ・トイボネンとフィンランドに関する書籍『国家がよみがえるとき』を編纂するなど、北欧通としても知られる存在だ。代表作『絶望の国の幸福な若者たち』をはじめ、現代を生きる日本の若者たちの生態にも詳しい彼は、ノルウェー留学時代に、そして現地取材で訪れたフィンランドで、何を見て、どんなことを感じてきたのだろうか。今後、ますます高齢化社会となっていく日本の状況も踏まえながら、その知見を語ってもらった。

ぼくは大学時代、「無限にキャリアアップしていく生き方」ではない選択肢を考えていた

—古市さんは、大学時代に1年間ノルウェーに留学されていたんですよね?

古市:そうですね。友だちも多いので、いまも年に1回ぐらいは行っています。留学で初めて行くまでは、ノルウェーといわれても、福祉国家であるとか、サーモンが有名とか、それくらいの漠としたイメージしかありませんでした。実際にノルウェーのオスロで1年間暮らしてみると、日本より若い世代が多いにもかかわらず、成熟していて、あんまりガツガツしていない社会だという印象を受けました。

たとえば、土日は家のそばにある湖を散歩するとか、夏は別荘でゆっくり過ごすとか。僕の住んでいた大学寮のすぐとなりには、大きな池があって、その池のまわりをよく散歩していました。東京に住んでいたら、そんな生活環境は、あまりないじゃないですか。

古市憲寿
古市憲寿

—そうですね。

古市:オスロはノルウェーでもいちばん大きい街だったんですけど、それでも人口が60万人ぐらい。スーパーで売っているものの種類もそんなに多くないし、映画館などのエンターテイメント施設がたくさんあるわけでもない。だから、消費っていう意味では、すごく選択肢の限られた街なのですが、その一方で労働時間は短いし、身近に自然もある。本当に大都会へ行きたければ、ロンドンやパリへは飛行機で数時間。暮らしやすい街だなあと思いました。

—そもそもなぜ、ノルウェーに留学しようと思ったのですか?

古市:何となく留学したいなとは思っていたんですけど、たとえばアメリカの大学に行った場合、卒業後は大手企業に入って、どんどん年収をアップさせていく……もう無限にキャリアアップしていかなきゃいけない感じがしたんですよね。そういう資本主義のレールに乗っかるのなら絶対アメリカがいいんですけど、それはそれですごく大変だなと思ってしまって。

で、そういうものから初めから降りて、ほかの選択肢は何かと考えたときに、北欧が選択肢に挙がってきたんです。アメリカの大学は授業のリーディングリスト(大学から読むべき本のリストとして与えられるもの)が多くて、学生が頑張らないといけないことが多いと思うんですけど、ノルウェーは違いました。授業が週に3コマだったり、読書量もそんな多くなかったりと、学生に求める条件が、そんなに多くないんです。そのぶん、友だちとカードゲームをやったり、ホームパーティーをしたり、ヨーロッパ旅行をして回ったり……ほとんど余暇、というか老後みたいな1年間を過ごしていました。

古市憲寿

—ノルウェーの若者たちは、そういう生活に物足りなさを感じたりはしないのですか?

古市:うーん、そういうのがつまらないと言って海外に出る人も多いみたいですね。ただ、ぼくが行った2005年当時は、もう普通にインターネットが普及していたので、ノルウェーの友だちは日本のアニメとかを見て楽しんでいましたね。あとは、ホームパーティーが、とにかく多い。大学の寮に住んでいたのもありますけど、どこかのフラットに集まって、料理をみんなでつくってホームパーティーをするみたいなことはつねにやっていて。僕もよく参加していました。

ノルウェーは北欧のなかでも物価が高いので、特に学生だと、外食文化があまりないんです。バーに行くときも、家でビールとかを飲んで、酔っぱらってから行くみたいな感じでした。ホームパーティーとか、友だちの家に集まって遊ぶという生活は、それはそれで、すごい楽しかったです。

福祉国家ノルウェーには、日本のように老後や貯蓄に対して心配する人が少ない

—ほかに印象的だったことはありますか?

古市:そうですね。ノルウェーはノーマライゼーションというか、障害者に対する考えが日本とは全然違うなと思いました。日本は全駅にエレベーターをつけることで、バリアフリーを達成しましたよね。でも留学当時のノルウェーでは、駅にエレベーターがなかったり、ステップのある路面電車も普通に走っていました。おそらく車椅子の不便さを、インフラではなく、誰かの手助けを前提に解決しているんですよね。ベビーカーを押している人も街中にたくさんいるけど、段差があったら、近くにいる人がサポートするのが当たり前なんです。良くも悪くも、障害を持った人を特別扱いしない意識が北欧にはあると思います。

—先ほどの「ガツガツしてない」の話じゃないですけど、人々の心に、どこか余裕みたいなものがあるのでしょうか?

古市:もしかしたら、必死に貯金をする必要がないっていうのは大きいかもしれないですね。高福祉国家と言われているだけに、病気になっても医療費の心配はないし、老後も国がなんとかしてくれる。個人が将来のために貯金をする必要がほとんどないんです。だから、自分で稼いだお金は、将来のことを考えずにとりあえず使ったり、投資しちゃおうと気楽に考えることができるんだと思います。それが彼らの心の安定につながっているのかもしれません。

 

—経済的な意味で、将来に対する不安が少ないというか。

古市:もちろん、北欧のなかでも国によって、ちょっと状況が違います。フィンランドは、1991年にソ連が崩壊したとき、経済がかなり厳しい状態になって……最近ではフィンランド経済を支えてきた携帯会社ノキアが経営不振に陥るなど、国を揺るがすぐらい経済がガクッと落ち込んだりもしました。

でも、ノルウェーの場合は、産油国で、財源にも余裕があるので、国家として当面のあいだは未来を心配する必要がない。もちろん、不動産を所有しているかどうかなど、個人間での格差はありますが、日本との大きな違いは、国を信頼できるかどうかだと思います。

あと、ノルウェーでは、全国民の所得が閲覧可能なんですよね。ちょっと前までは、インターネット上で誰かの名前を入力すると、その人の去年の所得と納税額が、全部出てきました。同僚の給料も、となりの家の人の給料も、結婚相手の給料も見えてしまうんです。

—個人情報の考え方自体が、そもそも日本とは違うんでしょうね。

古市:そう、とにかく全部オープンにするっていう。最近はようやく、閲覧人数に制限をつけるなど、考え方も若干変わってきたようですが。それでも日本に比べると、はるかにオープンな社会だと思います。個人の住所や電話番号も簡単に検索できますし。現地の人に言わせると、「何で隠すの?」みたいな感覚らしいですね。

古市憲寿

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プロフィール

古市憲寿(ふるいち のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。若者の生態を的確に描出した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目を集め、テレビ番組のコメンテーターなどでも活躍中。ほかにも、トゥーッカ・トイボネン氏との共著『国家がよみがえるとき持たざる国であるフィンランドが何度も再生できた理由』(マガジンハウス)など。また、大学在学中にノルウェーに留学経験がある。

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