なぜメタルは北欧で大量に輩出されるのか?この20年を振り返る

「外で遊ぶ時間が少ないから、地下にこもってデスメタル」? 北欧とメタルの関係性

この20年ほど、北欧から大量のデスメタル / ブラックメタルバンドが登場している。理由を一つに絞ることはできないけれど、もっとも俗っぽい通説を引っ張り出せば「北欧は日照時間が少なく、外で遊ぶ時間が少ないから、地下にこもってデスメタル」なんてものまである。スウェーデンには、若者がバンド活動に励むために国が支援する制度もあるという。

スウェーデンで90年代から開催されている、ヘヴィメタルやハードロックを中心としたフェス『Sweden Rock Festival』。今年のラインナップ紹介映像

北欧は、そもそもメタルの歴史が長い。北欧デスメタル / ブラックメタルシーンの歴史を振り返る中で軸となるのが、1983年に活動開始したスウェーデンのBATHORYと、1991年に結成されたノルウェーのEMPERORだろうが、奇しくもアメリカでMETALLICAがデビュー作を発表したのが1983年、通称『ブラック・アルバム』をリリースし、スラッシュメタルバンドからモンスターバンドへと飛躍したのが1991年である。

METALLICAの『ブラック・アルバム』収録曲“Enter Sandman”

つまり、英米を中心に盛り上がっていたメタルシーンの影で、スラッシュメタルにゴシックやオーケストラの要素を盛りに盛った「過剰にうるさいメタル」が北欧でひっそりと息をし続けてきたのだ。

「うるさいメタル」とそのメッカ、スウェーデンとノルウェー

ヘヴィメタルを聴かない人でも、この音楽にはいくつものジャンルがあり、行き着く果てに「物凄くうるさいメタル」が存在していることくらい認識しているはず。しかし、その果てに位置する「物凄くうるさいメタル」にも数多のジャンルが存在している。ヘヴィメタルが、世間の良識派から嫌われながらも世界の隅々まで拡がっていく歴史を追ったドキュメンタリー映画『メタル:ヘッドバンガーズ・ジャーニー』(2005年。サム・ダン監督)では、監督自らヘヴィメタルの系譜図を作成。

ここではメタルのジャンルを「たったの」20個に区分けしているが、「DEATH METAL」の周辺だけでも、「FIRST WAVE OF BLACK METAL」「GOTH METAL」「METALCORE」「NORWEGIAN BLACK METAL」「SWEDISH DEATH METAL」「GRINDCORE」など多くのジャンルが隣接している。当然、これらは厳密な区分けではなく、それぞれが折り重なるようにしてバンドが存在しているが、このように細分化し先鋭化していく「うるさいメタル」は、基本的にはデスメタルの領域で語られることがほとんどである。この中で「ノルウェー」と「スウェーデン」という北欧諸国が、一つのジャンルを名乗るほど特化されていることに注目しておきたい。

実は自然をこよなく愛する北欧メタラーたち

日頃、デスメタル / ブラックメタルに馴染みのない人でも、彼らのジャケットやプロモーションビデオといえば「深遠な森の中に陣取ったバンドが、無闇矢鱈に発狂しているやつでしょ」との偏見を持っている人が多いはず。そう、その通り。徹底した世界観を構築する彼らからしてみれば、1980年代アメリカで盛り上がっていたLAメタルはもちろんのこと、METALLICAを中心としたスラッシュメタルのムーブメントすら、ナルシスティックでマッチョなもの、との体感を持っていた。

深遠な森の中に陣取ったメタルバンド
深遠な森の中に陣取ったメタルバンド

メタルを通史で語りきった600ページ近い大著、イアン・クライスト『暗黒の鋼鉄黙示録 ヘビーメタル全史』(2008年。早川書房)に頼ると、彼らが土着的な風景写真や映像を使うのは「自然への愛着をあらわした」ためだった。例えば、「ノルウェーには自然が豊富に残っていた。孤独をよきものだと喧伝する十代のミュージシャンたちは、クヌート・ハムスン作品などのノルウェー文学によく登場する孤独な主人公のようになっていった」とある。クヌート・ハムスンとは『土の恵み』で『ノーベル文学賞』を受賞したノルウェーの作家。文明の進化を嫌い、土着的な文学を記した。北欧メタルバンドの連中は、あれだけ派手なメイクとサウンドを施しておきながら、実は内省的な一面を持っていたのだ。

EMPERORが1994年に発表したデビュー作『闇の皇帝(In the Nightside Eclipse)』収録曲“無限思考の中へ(Into the Infinity of Thoughts)”

EMPERORのデビュー作『闇の皇帝(In the Nightside Eclipse)』の冒頭“無限思考の中へ(Into the Infinity of Thoughts)”の歌詞は、<ノルウェーの北の山に暗闇が忍び寄り 静寂が森を包む時我は目覚める…>(訳:AKIYAMA SISTERS INC.)と始まるのだが、この手の壮大な歌詞は、目の前に広がる風景と自身の葛藤を素直にぶつけている。ブラックメタルバンドのいくつかは反キリスト思想が極まり教会を放火するなどの悪行にも及んできたのだが、このように、自らが置かれている風土に根ざした描写を取り込んでいく。

原題を豪快に無視した、KORPIKLAANIのトリッキーすぎる邦題

昨今、「ヴァイキングメタル」なるジャンルが生まれている。音楽的に特性があるというよりも、サタン(悪魔)をモチーフにしてきたデスメタル / ブラックメタルが、そのテーマとして海賊や北欧神話を導入したもの。このジャンルで最も成功しているのがスウェーデンのAMON AMARTHだが、日本でひと頃話題になったヴァイキングメタルバンドに、フィンランドのKORPIKLAANIがいる。彼らの邦題がなんともトリッキー。

2012年に発売されたアルバム『コルピと黄泉の国』収録。邦題は“鉄コルピ”

デビュー作の邦題は『翔び出せ! コルピクラーニ(Spirit of the Forest)』、原題は豪快に無視されている。楽曲のタイトルも“酒場で格闘ドンジャラホイ(Wooden Pints)”“カラスと行こうよどこまでも(Crows Bring The Spring)”と並び、セカンドアルバムにも“森の中でハッスルハッスル(Spirit Of The Forest)”“『狩り』こそ漢の宿命(Hunting Song)”と悪巧みタイトルが続く。日本のレコード会社が仕掛けた邦題と、ダサいビジュアルイメージが合致して、北欧メタルの細分化の果てとして人気を博した。

酒場でドンジャラホイなイメージ
酒場でドンジャラホイなイメージ

細分化し、精鋭化するなかで、北欧デスメタル / ブラックメタルシーンはアート界からも注目を集めている。アメリカの写真家ピーター・ベストが作った写真集『True Norwegian Black Metal』はあたかも希少民族を捉えたかのような作品として、その特異な美意識を評価されたし、ブラックメタル特有の、英字が判別できないほどに入り組んだバンドロゴを7000以上も制作してきたベルギーのデザイナー、クリストフ・シュパイデルはそのロゴを集めた著書『LORD OF THE LOGOS』を発表、昨年には来日し、日本での個展も開催された。

Christophe Szpajdel solo exhibition『Owakudani-The Valley of Hell』イメージビジュアル
Christophe Szpajdel solo exhibition『Owakudani-The Valley of Hell』イメージビジュアル

この彼こそが、EMPERORのロゴを作成し、ブラックメタルのビジュアルイメージを支えてきた人物なのだ。白塗りで演奏する通称「神バンド」含め、BABYMETALのビジュアル展開を見ると、これらの北欧デスメタルの世界観が外せないものになっていることは自明である。

閉ざされた環境から生まれたメタルは、実は北欧の「ていねいな暮らし」の地下水脈だった

今、メタルシーンは細分化と接合を繰り返した挙句、プログレッシヴロックにデスメタルが付着したり(例:ノルウェーのLEPROUSなど)、シューゲイザーとブラックメタルが合わさったり(アメリカのDEFHEAVENなど)、進化と増殖を重ねている。このバリエーションを担保しているのが北欧メタル勢である。当初は世界の潮流と離れたところで勃興したメタルの枝葉が、今や主たる勢力を負かしつつある。その新潮流は、比較的閉ざされた環境から生まれてきた。この勢いはいわゆる「ロハス」な北欧から見えてこないだろうけれど、その手の「ていねいな暮らし」の地下水脈として、勢いよく全世界に拡散されているのだ。

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生まれ。ライター。出版社勤務を経て、2014年からフリー。「cakes」「文學界」「VERY」「暮しの手帖」「SPUR」「ヘドバン」「Quick Japan」等で連載を持つ。2015年、『紋切型社会』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。2016年、「第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。他の著書に『芸能人寛容論』、『せいのめざめ』(益田ミリ氏との共著)がある。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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