
戸田真琴が母の姿と重ね思う「女の値札をはがされる日」の自由
- テキスト
- 戸田真琴
- 撮影:飯田エリカ 編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)
いつか来る「終わり」を恐ろしいと思う日も、自由だと感じる日もある
アダルト業界という消費サイクルの恐ろしく速い業界で、いつかは誰からも「女」として見られなくなる日がくることは察してはいたけれど、思っていたよりも早く、そのときがもう間近に迫っているような、そんな予感がしている。それは悲観などではなく、ただの直感のようなものだ。
嵐のように激しい流れの中で、こんな頼りない、人を選びそうなへんな船で、よくぞ沈まずにここまで旅をしてきた、と自分を褒めてやりたい気持ちと、とにかく性的興奮をそそる女性が神、それができない女は笑いものになるしかない、といった極端なものさしの中で生きてきたことに冷静に気づかされることの怖さ、そして、あるあっけらかんとした気づきが私の胸に吹き込んできた。
私はいずれ、誰からも女として見られなくなる日が、来る。
学校でも、バイト先でも、職場でも、どこかで必ずといっていいほど浴びてきたあの視線が、どこからも差し向けられなくなる日が来る。思春期のはじめ、ささやかな恋のやりとりに、私は好きになってもらえるような人間だったんだ! と気づかされ、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになったこと。それがやがて性的欲求と深く結びつくことのある感情だと知り、それでも喜ぶべきことなのかもしれないという空気に従って喜び、無理にその要求を通されそうになるとこの世の終わりがきたような気持ちになり、やがてそう望まれることの辻褄を合わせようと仕事として選び……手を変え品を変えずっと付き合ってきたこの、「他者から性的対象として見られるという事実」から、私の人生が切断される日がいつか来る。
それは、私の女体としての身体をすべての人から見飽きられ、アイデンティティを邪魔に思われ、性的興味をそそられなくなるその瞬間のことを指している。世間ではとても恐ろしいものとされ、その瞬間の訪れを引き伸ばすことを、美容や健康が大声で謳っていることさえある(アンチエイジングはその目的には限らないが、「いつまでも女性として見られたい!」などというキャッチフレーズを目にすることも少なくはない)。
当然この仕事をしている限り、私にも「終わり」は近づいて来るもので、背筋が凍るように恐ろしいと感じる日もある。だけれど同時に、その瞬間を想像してみると、「自由」の顔をして笑った母を思い出す。母は美人でよくモテたらしいが、「変な男に好かれないために」と言って頑なに化粧をしないまま今の歳まで生きてきた。その考えに至るまでに何があったのか話には聞いていないけれど、男性の性的眼差しを受けること自体を怖がっている印象があった。その恐れはもちろん姉や私にも影響をあたえたが、性的眼差しを怖いと思うひとりの女性の気持ちも今はわかってしまうため、疑問はない。母はずっと、自由になりたかったのではないかと思う。
番組情報
- 『Podcast 戸田真琴と飯田エリカの保健室』
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毎週月曜日20時に、Apple Podcast、Spotify他で配信中
書籍情報

- 『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』
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2020年3月23日(月)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:KADOKAWA

- 『あなたの孤独は美しい』
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2019年12月12日(木)発売
著者:戸田真琴
価格:1,650円(税込)
発行:竹書房
プロフィール
- 戸田真琴(とだ まこと)
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2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。初のエッセイ『あなたの孤独は美しい』を2019年12月に、2020年3月には2冊目の書籍『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』を発売した。