淀川長治の言葉から見るベルイマン作品「スウェーデン映画は神」

淀川長治の言葉から見るベルイマン作品「スウェーデン映画は神」

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小野寺系
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

「本当に神はいるのか」という問い。厳しい現実を生きる人々の光はどこにあるのか

さて、そんなベルイマン監督が多くの作品で描いてきたのが、「神の沈黙」というテーマである。キリスト教信者の多い西洋社会だが、科学文明が発達した現代においては、「神」の存在が大きく揺らいでいることは確かである。テレビやラジオでは日々凄惨な事件が報道され、権力を持った悪人は裁きから逃れている。神が存在するのなら、そんな事態をなぜ看過しているのだろうか。

そして苦痛のただ中にあり、神の救いを求める、何の罪もない弱い人々にも、神は何の恩寵も与えない……。そこで一つの懐疑が生まれる。「本当に神はいるのか」。

そんな葛藤を描いてきたベルイマン監督の到達点が、『冬の光』(1963年)である。ここでは、妻を亡くしてから、失意のなかで信仰心を失いつつある聖職者が描かれる。聖職者には愛人がいるが、彼女は冷淡に扱われている。しかし、彼女は傷つけられてもなお彼に愛情を捧げるのである。見ようによっては、沈黙する神と信徒の関係が、この二人によって表されているように見える。そして、そんな無償の愛のなかにこそ、神が存在しているのかもしれない。

「神の沈黙」というテーマは、厳しい現実の世界をほんのりと照らす光を描き、愛こそが神だという真理へと至った。テレンス・マリック監督の『名もなき生涯』(2019年)は、そんなテーマを受け継いだ作品だといえよう。

『名もなき生涯』

厳しい寒さと大自然。スウェーデンという地に住む独特な感覚も映画の雰囲気に影響

神について真に考えるためには、一度神を疑わなければならない。そして現代の社会や科学、人間のこころの問題を通して、もう一度神の必要性を問うことが必要だ。そこまで真剣になってこそ、「神の映画」と呼ばれるに相応しいものになるといえるのではないだろうか。それを考え続けたベルイマンがいたからこそ、スウェーデン映画は神の映画といえるまでに押し上げられたのである。

そのような作風を生んだのは、スウェーデンそのものであるともいえる。

世界的に人気のある児童文学作家のアストリッド・リンドグレーンの作品は、『ロッタちゃん』シリーズや、のちにハリウッドで活躍するラッセ・ハルストレム監督による『やかまし村』シリーズなど、スウェーデンで数多く映画化、映像化されている。

『ロッタちゃん はじめてのおつかい』

リンドグレーン作品の根底に流れているのは、自然のなかで謙虚に生きる人間の精神である。アストリッドが自然に神への信仰を持つに至る流れは、伝記映画『リンドグレーン』(2018年)で描かれている。厳しい寒さが訪れる大自然が広がるスウェーデンの地は、そのシンプルさによって神を感じるに相応しい舞台になっている。この地に住む独特な感覚が、『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年)や『ボーダー 二つの世界』(2018年)の原作者ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストや、『ミレニアム』シリーズの原作者スティーグ・ラーソンなど、後の世代のスウェーデンの様々なクリエイターに通底する、冷ややかで幻想的な雰囲気に通じているように感じられる。

『ぼくのエリ 200歳の少女』©EFTI_Hoyte van Hoytema
『ぼくのエリ 200歳の少女』©EFTI_Hoyte van Hoytema
『ボーダー二つの世界』©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018
『ボーダー二つの世界』©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018

とはいえ、スウェーデン映画は、けして神の存在ばかりを志向しているわけではない。ベルイマン監督の『不良少女モニカ』(1953年)は、のちにヌーヴェルヴァーグといわれる革新的なフランス映画を生む先駆的な存在になった恋愛映画である。フランス映画の革命の源流に、スウェーデン映画が関与している部分もあるのだ。

『不良少女モニカ』

ドイツのマルガレーテ・フォン・トロッタ監督は、ベルイマン監督の足跡や新世代のスウェーデン監督たちに取材したドキュメンタリー映画『イングマール・ベルイマンを探して』(2018年)を撮っている。そこではベルイマン監督の偉大さが語られつつも、じつはその流れに反発する監督たちも少なくないという事実が映し出される。スウェーデンにおける「神」ならぬ映画……。その話はまた別の機会にしたいと思う。

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作品情報

『第七の封印』(1957年)

監督:イングマール・ベルイマン

『野いちご』(1957年)

監督:イングマール・ベルイマン

『冬の光』(1963年)

監督:イングマール・ベルイマン

『霊魂の不滅』(1921年)

監督:ヴィクトル・シェストレム

『名もなき生涯』(2019年 / 公開中)

監督:テレンス・マリック

『リンドグレーン』(2018年)

監督:ペアニレ・フィシャー・クリステンセン

『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008年)

監督:トーマス・アルフレッドソン

『ボーダー 二つの世界』(2018年)

監督・脚本:アリ・アッバシ

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