読書好きが多いフィンランド 市民にとって公共図書館はどんな存在?

教育に大きな価値を置き、国をあげて生涯学習にも力をいれるフィンランド。公共図書館はすべての国民に無料で開かれ、世界トップクラスの利用率を誇ることでも知られる。2018年に開館したヘルシンキ中央図書館「Oodi」は、国際図書館連盟による『Public Library of the Year 2019』に選出され、建物のデザイン性の高さや豊富なサービス内容によって「世界一の公共図書館」として話題を集めた。

フィンランドに暮らす人々にとって、図書館とはどのような存在なのだろうか? また国は図書館の重要性をどのように位置づけているのか? ヘルシンキに暮らす吉田みのり氏に、パンデミック下の取り組みも交えながら綴ってもらった。

(メイン画像:ヘルシンキ中央図書館 Photo: Kuvio)

フィンランド人は世界トップクラスの読書好き。その理由は?

森と湖が豊かな国、フィンランド。「世界幸福度ランキング」で4年連続で首位を取った国は、世界で有数の「読書好きが多い国」としても知られています。

フィンランドの人口は約550万人で、北海道とほぼ同じ。そんな小さな国で、年間に2000万冊の本が購入されています。単純に平均すると、子どもも含めて一人4冊ちかく購入している計算になります。またフィンランド人は図書館を積極的に利用する国民で、国民が1年間に6800万冊の本を借りるといわれています。つまり一人あたりの年間貸し出し冊数は12冊以上ということになり(※1)、世界的にもトップレベルです。

なぜフィンランド人には読書好きが多いのでしょうか。その背景には、長く寒い冬が続くため、家のなかでゆっくり過ごす時間が長いことや、静寂を愛する国民性から、夏はあえて電気や水道がないサマーコテージで数日または数週間を過ごし、その際に読書が欠かせない存在であることなどが挙げられます。また、読書には幸福を促進する力があると信じられていること、そして「文化へのアクセスはすべての人にとっての権利」という信念がフィンランド人の考え方の基礎にあることも、国民が読書に向き合うきっかけとなっていると専門家は話します(※2)。

市民の声に耳を傾け、市民が求める公共の場であろうとする

そんな読書好きの国民に本を読む場を提供するのが図書館。フィンランドではすべての図書館が公立で、大学図書館も一般に公開されており、2019年時点で853の公立図書館が点在しています。筆者のフィンランド人の夫は人口500人程度の小さな村出身なのですが、そんな小さな村では、週に一度、バスにたくさんの本が積まれた「移動図書館」が、小学校や中学校を巡っていたそうです。子どもも大人も、移動図書館が来ているあいだに好きな本を選び、前回借りていた本を返し、次の訪問を待ちわびたとか。

このように、公共図書館はフィンランドの人々の生活の中心的役割を担い、教育機関の一つとして大切に扱われてきました。筆者の夫の姉で、図書館司書として公共図書館で働くヤニーナ・スヴァルト氏にフィンランドにおける図書館の持つ社会的意義について尋ねると、このような答えが返ってきました。

「フィンランドにおける公共図書館は、人々が平等に書籍や情報にアクセスできる場所だということと同時に、伝統的に人々が集う社会的な場所として存在してきました。そしてまた、フィンランドの公共図書館は社会の変化に対してサービスやあり方を変化することに極めてオープンなことも特色だと思います。刻々と変化する社会にあわせて、情報へのアクセスに対しての人々のニーズも変化します。そんな時、図書館は市民の声に耳を傾け、市民が求めるような公共の場であろうと努めます」

公共図書館で司書として働くヤニーナ・スヴァルト氏

国が「生涯学習」に力を入れる。図書館は誰もが平等に文化資本に触れられる場

公共図書館のサービス利用は、法で定められたすべての国民の権利としてフィンランドで守られています。2017年に政府は図書館サービスについて、国民一人当たりにつき57ユーロ(約7,600円)にあたる予算を支出しています。フィンランドでは、国家戦略として「生涯学習(Lifelong Learning)」をテーマに掲げ、国民が自由に新たな資格を取得するための手厚いサポートを行っています。自由なタイミングで、自由に学べる環境を整えることに力を入れており、図書館は誰もが平等に文化資本に触れることができる場として機能しています。

さらにフィンランドの公共図書館は、図書貸し出しという中核サービスに加え、楽器や演奏スタジオ、ゲームの貸し出し、読書会やパネルディスカッションの主催といった幅広いサービスも提供しています。利用者にスポーツ用具や電動工具、食器を貸し出すなど、共有経済を目指す図書館もあります。

筆者も2年前、首都のヘルシンキ市から東へ50kmのところに位置するポルヴォー市の図書館で開催されたイベントに参加しました。8月6日、ヒロシマの日に、原爆で亡くなった方に想いを寄せ、平和を願う日として折り紙のワークショップと日本風のランタンに灯をともすイベントでした。

ポルヴォー市の図書館で行われた、平和を願う折り紙のワークショップの様子

本が借りられると作家に印税を還元。作家や翻訳家は、国民の教育に関わる存在として守られている

読書を愛するフィンランドでは、作家や翻訳家への助成金制度も整備されています。公共図書館で本が借りられるたび、作家には1冊約15円の印税が入る仕組みも。これは知的財産権を保障するもので、テレビやラジオで取り扱われる場合も同様にしかるべき金額が支払われるようになっています。

また、作家活動には平均で一人あたり年間7,000ユーロ(約93万円)の補助金が出されることになっています(2016年の予算)。図書館からの作家や翻訳家への助成金では、病気や怪我で働けない状況になった場合などの対応も用意されており、国民の教育に関わる存在として国から守られています。

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」内部(筆者撮影)

「フィンランドでは文学に対して強い伝統があるため、作家は歴史を通して力強い役割を果たしてきました」と、フィンランド出版協会のサカリ・ライホ氏はウェブメディア「Publishing Perspectives」のインタビューで話しています(※2)。

「フィンランドの読者が一番求めているものはフィンランドの作家による作品です。この国ならではの美学や国家としてのアイデンティティーを上手に組み込んで、同じバックグラウンドを持つ国民に読み物として提供する本国出身の作家に手厚い保護を提供することは、長い目で見れば経済的にも効果が出る戦略なのです」

目指したのは「市民のリビングルーム」。ヘルシンキ中央図書館「Oodi」はどんなところ?

フィンランドの101回目の独立記念日の前日、2018年12月5日にオープンしたヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」は2019年には国際図書館連盟主催の『公共図書館アワード(Public Library of the Year Award)』を受賞し、独創的な建築や、バラエティーに富んだ蔵書、図書サービスだけでない多様な機能性など、さまざまな面で日本でも話題を呼びました。

Oodiの公式ウェブサイトには、次のようなメッセージが記されています。

「本を借りたり、雑誌を読んだり、昼食を楽しんだり、仕事したり、ふらっと立ち寄ったり、映画を観たり、勉強したり、ミーティングの場として利用したり、イベントをしたり、ワインを飲んだり、EUについて学んだり、音楽を演奏したり、友達と会ったり、カーテンを縫ったり、子どもと遊んだり、ゲームをしたり。Oodiはこのすべて、そしてそれ以上のことができる図書館です」

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」外観。設計はヘルシンキを拠点とする建築事務所ALA・アーキテクツ Photo: Maarit Hohteri
ヘルシンキ中央図書館「Oodi」外観。国会議事堂の向かいに立つ Photo: Kuvio

Oodi の特徴の一つは、膨大な数の蔵書を抱えることをあえて優先順位から外し、図書館の役割を見直したことにあります。蔵書は常時10万冊と比較的少なめで、その代わりにオンラインサービスと図書仕分けロボットを駆使することにより、マウスをクリックするだけでヘルシンキ首都圏エリアのすべての蔵書、約340万のアイテムが利用できる仕組みになっています。

図書に加え、映画館、レコーディングスタジオ、製作スペース、公共サービス、展示、コミュニティーイベントのスペースなどを提供する市民の「リビングルーム」を目指してつくられたOodiは、市民にとって身近な公共の場となりました。

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」内観 Photo: Kuvio
ヘルシンキ中央図書館「Oodi」内観 Photo: Tuomas Uusheimo
ヘルシンキ中央図書館「Oodi」内観 Photo: Risto Rimppi

パーティーの打ち合わせ、『ハリー・ポッター』の読書会、洋服の制作……市民の多様な使い方

筆者も普段から頻繁に利用していますが、ミーティングルームを借りて友人のバチェロレッテパーティーの話し合いに利用したり、言語交換仲間と会ったり、面接に使用したりもしています。読みたい本があるときはOodiのパソコンを使って図書を予約し、最寄りの図書館に取り寄せて借りています。

周りの友人は『ハリー・ポッター』の読書会に参加したり、ポスターや壁紙が印刷できる大きなプリンターを使ったり、ミシンを予約して洋服を縫ったりしています。カフェやレストランも併設され、見晴らしの良い屋上のテラスでのんびりコーヒーを飲むこともできます。フィンランドの図書館の可能性は無限大。自由で豊かな空間に身を置くと、自分の心も豊かに広がっていくような思いになります。

Oodi館内の3Dプリンター(筆者撮影)
ミシンの貸し出しも(筆者撮影)

パンデミックに伴う一時閉鎖期間中も、さまざまな試みで市民とつながる

フィンランドでは、COVID-19のパンデミックによる非常事態宣言に伴い、2020年3月18日に図書館施設の一時的閉鎖が決定しました(同年夏に再開)。それまでに企画されていたすべてのイベントは中止になり、セルフサービスの貸し出し制度も使用できなくなりました。しかし図書館サービスの需要の高さから、閉鎖期間に新たなかたちでのサービス提供方法を模索することで、教育機関として重要な役割を果たし続けています。

非常事態宣言の解除後、再開された図書館の様子。事前予約制に切り替わっている。図書館内ではマスク着用が必須だが、低所得家庭にはヘルシンキ市からのマスクの配給がなされる旨を案内している(筆者撮影)

たとえば、トゥルク市立図書館は、閉鎖日の初日からInstagram上で毎朝のコーヒーセッションを開始し、読書のヒントや、文学から健康問題ロックダウン中の心の健康の保ち方まで、多岐にわたるテーマを話すライブストリームを企画・実行しました。

司書のスヴァルト氏も、作家をゲストに招いてオンラインの文学イベントをストリーム配信したり、子どものためのオンライン読み聞かせ会などを企画してきました。

「図書館と小学校が連携してオンラインイベントを制作することによって、生徒たちにユニークな教育の機会を提供することができるようになりました。オンラインイベントは、同時に多くの人々とつながることができるという意味では実際のイベントよりも有意義な面があります。ロックダウン直後からは電子教材も急速に増え、より多くの人が気軽に利用できるようになりました」

トゥルク市立図書館Instagramより

フィンランドには「この国は木と頭から成り立っている」という表現があります。木はその自然の多さと、木材を利用した製紙業の発展を、そして頭は充実した教育によって育まれた高い読解力や考える力を指します。公共図書館は人的資本への投資として、また地域の教育と経済の発展を促進するための手段として機能すると同時に、市民との相互協力と信頼の上に確立された民主主義の基盤として、まさにフィンランド社会を体現しています。

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」外観 Photo: Kuvio

※1 Helsinki Marketing「Oodi (オーディ)は、世界で一番識字率の高い国で図書館の新時代を創り出します」

※2 Publishing Perspectives「Finland, Where Reading is a Superpower」



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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