北欧発フェミニズムギャグコミックが問う、現代における「恋愛」

北欧発フェミニズムギャグコミックが問う、現代における「恋愛」

インタビュー・テキスト
後藤美波(CINRA.NET編集部)

ビヨンセの歌詞にも疑問を投げかける。「自己強化」では幸せな愛は得られない?

―本書ではディカプリオやビヨンセから、スラヴォイ・ジジェクやキルケゴール、ギリシャ神話まで古今東西いろんな著名人や哲学者、作家の言葉やエピソードが引用されています。読んでいて、共感だけでなく引っかかったところや、疑問に思ったところはありましたか?

よこの:いろんな意見が出るだろうなと思ったのは、ビヨンセのところですね。

―失恋した相手に対して「あんたの代わりはすぐに見つかる。あんたのために涙をこぼしたりするもんか」と歌うビヨンセの楽曲“Irreplaceable”の歌詞における考え方を「自己強化フェミニズム」とし、それで本当に幸せな愛を手に入れられるのか? と検証する章ですね。「恋をするのも終わらせるのも自分で決める」「自分自身が一番大切。恋愛関係でも強い自分であり続けることが大事」という考え方に疑問を呈していました。

よこの:こんなふうに書かれると、「え、自分を大事にしてはいけないの?」って思ってしまいますよね。どういう意味なんだろう? っていまでもずっと考えています。

ただ、この章の最後には「追伸」とするページがあって、そこには、自分を軽く扱ってきた男性に対して「自己強化」的に武装して対抗する、という考えについて、「フェミニズムってそういうものじゃないでしょ」ってはっきり書いてあります。「追伸」のページは、他のページに比べるとストレートで、個人としてのリーヴさんの気持ちが書かれているように思えて、とても印象的でした。で、たぶんそれが彼女の真意なんだと思います。それでも、翻訳するときは、リーヴさんの意図を本当に汲めているのだろうか、とすごく考えました。

『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』より。恋をして自分が揺らいだり、自信をなくしたりする「愛の苦しみ」は、歴史的には高貴なものとされてきたが、現代のセラピー文化においてはこのような「自己犠牲」は良しとされない、と指摘する
『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』より。恋をして自分が揺らいだり、自信をなくしたりする「愛の苦しみ」は、歴史的には高貴なものとされてきたが、現代のセラピー文化においてはこのような「自己犠牲」は良しとされない、と指摘する

―同じ章では、映画やドラマに登場する「ヤバい彼女」のステレオタイプにも疑問を投げかけています。自分が相手に求められていないことをわかろうとせず、一方的に愛情をぶつけるのってそんなにダメなことなのだろうか? と。

よこの:恋愛において、男性でなく女性がどうしても引いてしまう、立場が弱くなってしまう、そういう構造がある、ということも描いていますよね。

―そうですね。男性も好き勝手やっているのに、女性の愛情が「過剰」だと、「ヤバい彼女」ということにされてしまう。実際にあった「愛しすぎている15の兆候」という内容のウェブ記事など、「大事なのは自分だから、相手を愛しすぎないように」とする言説にも反論していました。

よこの:「傷つかないようにすることが自分を大切にすることではないよ」というのは、きっとそうだと思うんですが、恋愛において「みっともなくても良い」「みっともない自分を認める」というのも、本当の意味でのセルフラブ、ということなのかなと思います。

―そういう意味では、「自分を大事にしなくていい」と言っているわけではないというか。

よこの:「どんな自分でもありのままでいいんじゃない?」っていうことですよね。それとは別に、本来は、厳しい環境で虐げられてきた女性たちが自信と誇りを持とうという文脈で掲げられた「自分を大事にしよう」というメッセージが、あまりにコマーシャル化されてしまっていることへの憤りや批判ももちろんあると思いますが。

『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』より。「ヤバい彼女」の原型として、レディ・キャロライン・ラムのバイロンとの不倫が紹介される
『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』より。「ヤバい彼女」の原型として、レディ・キャロライン・ラムのバイロンとの不倫が紹介される

―リーヴさんは損得勘定で恋愛をとらえることについても批判的ですね。

よこの:それについては、あるインタビューでリーヴさんがこう話していました。「気にかける誰かがいるって素敵なことじゃない? 誰かを愛するって楽しいよ」って。それと、「『感情労働』みたいな言葉は嫌だ」とも。

感情や愛はモノではないのに、値段をつけるようにして、どっちの比重が大きいとか、愛の大きさが対等じゃなきゃ投資に見合わないとか、新自由主義的な市場理論に当てはめるのはおかしいと。人間の関係ってそういうものじゃないよね、って。それはこの本でも言われていますよね。

いま語られていることの裏にある、「語られてこなかったこと」に光を当てる

―今作では、神秘的でロマンチックな恋愛を肯定的に捉え、「現代人はいかにロマンチックな恋に落ちづらくなったか」ということをテーマにしていますが、リーヴさんの過去作はロマンチックな恋愛に対して批判的だったそうですね。過去作では恋愛についてどのようなことを書かれていたのでしょうか?

よこの:『チャールズ皇太子の気持ち』(2010年、日本では未刊)や『アインシュタインの妻』(2008年、日本では未刊)では、ロマンチックラブでそんなに不幸にならなくていいじゃないか、ということをすごく言っていました。家父長制のもと、男女の関係においていかに女性が役割を与えられ枠にはめられてきたか、再生産され継承される役割分担がいかに家父長的な社会構造を支えてきたか、ということを延々と書いていたんです。

ここでも様々な著名人の例が登場します。たとえば、ホイットニー・ヒューストンのエピソード。薬物依存症で暴力的でもあったとされるボビー・ブラウンを熱烈に愛し、関係が危うくなっても必死で修復しようとするホイットニーの言動を、不健全な依存関係における行動パターンとして分析しています。関係が修復不可能となりホイットニーは自己嫌悪に陥る一方、ボビーはすぐに別の若い女性と付き合っているという。行動パターンをジェンダーの視点から捉えているわけではないのですが、女性が幼いころからひどい男性の気持ちに付き合ったり、責任を持たされたりしがちだよね、という指摘はしっかりとなされています。

ちなみにこのエピソードが秀逸なのは、ホイットニーのヒット曲“I Will Always Love You”や“Greatest Love Of All”の歌詞を効果的に使いながら、関係が終わって抜け殻のようになったホイットニーが失恋を克服して立ち直るところまでを描いているところです。

リーヴ・ストロームクヴィスト『アインシュタインの新しい妻』(原書)表紙。『アインシュタインの妻』刊行10周年を記念して2018年に出版された増補新装版
リーヴ・ストロームクヴィスト『アインシュタインの新しい妻』(原書)表紙。『アインシュタインの妻』刊行10周年を記念して2018年に出版された増補新装版

よこの:オノ・ヨーコも取り上げられています。ジョン・レノンに関連することで、メディアは常にヨーコを責めた。けれども、ヨーコは才能あるアーティストだし、創作に時間をかけたいし、もちろん自由も必要。もしもヨーコが男性だったら、パートナーに対する責任をこんなに問われただろうか、ということを語っていました。また、欧米メディアのアジア人に対する人種差別的な視点についても痛烈に批判しています。

リーヴ・ストロームクヴィスト『チャールズ皇太子の気持ち』(原書)表紙
リーヴ・ストロームクヴィスト『チャールズ皇太子の気持ち』(原書)表紙

―『21世紀の恋愛』では、恋愛は理論では説明できない神秘的でロマンチックなものだ、と書いてあるので、確かに主張が変わっているように感じますね。

よこの:翻訳版の刊行時期が近いスウェーデン国外では「前の本とこの本で言っていることが全然違うじゃん」という声があったみたいです。リーヴさん自身は「読者に考える材料を与えるのが作家の仕事で、作家が結論を与えるものだとは思っていない。どっちを信じればいいの? という人は自分で考えて」というようなことを言っていました。

『チャールズ皇太子の気持ち』が2010年の作品、『21世紀の恋愛』が2019年の作品で、10年に1回くらい恋愛のことを書きたくなるんだそうです。また10年後に書いたら違うことを書きそうだし、逆に同じことを書きたくない、とも言っています。社会が変わることで自分の考えも変わるというようなことも言っていたので、『21世紀の恋愛』はあくまで2010年代の社会の空気を表しているもの、ということなのかなと思います。

でも、読み返していると、『21世紀の恋愛』とこれまでの作品は表裏一体であるような気もしてきます。同じモチーフを何度も何度も、おそらく意図的に使っていますし、主張がぶれているようにもあまり思えなくて、同じことを別の視点から描いているだけなような気がします。

『21世紀の恋愛』各国版の表紙。本書はロシア、ドイツ、フランスなどさまざまな国で刊行されている

―『21世紀の恋愛』でも、たとえば「男性の成功」の定義が100年前といまでは大きく変化している、というようなことが書かれていました。古今東西の言説を紹介するリーヴさんの作風は、いまの常識を疑ったり、歴史を辿ったりすることの大切さを表しているようにも感じます。

よこの:いま語られていることの裏にある、「語られてこなかったこと」を語ったり、語りなおしたりすることは意識的にやられていると思います。日本でもいま同じような「語り直し」の作業がさまざまに行われていますが、リーヴさんのような語り口という点でいえば、はらだ有彩さんが昔話を語りなおされている『日本のヤバい女の子』シリーズ(柏書房)とか、堀越英美さんが有名な人の母親たちにスポットを当てられている『スゴ母列伝 いい母は天国に行ける ワルい母はどこへでも行ける』(大和書房)が浮かびます。「通説があるけど、じつはこうだった」「もしかしたらこうなんじゃない?」「こんな人もいたんだよ」みたいな部分と、その語りの感じが通じるなと思っていて。私はどの作品もすごく好きです。

あとはリーヴさんを語るにあたって欠かせないのは、「大きな流れに乗らなくては」というような考えには抗いたい、という姿勢だと思います。疑ってみたり、別の道があるっていうことを言ってみたり。それはデビュー当時からリーヴさんの作品のなかにあるものなんじゃないかなと思います。そういう意味では、恋愛が困難な時代だからこそ恋愛に光を当てたのかもしれません。

リーヴ・ストロームクヴィストの2006年発表のデビュー作『脂肪分100%』(原書)表紙
リーヴ・ストロームクヴィストの2006年発表のデビュー作『脂肪分100%』(原書)表紙
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書籍情報

『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』
『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』

2021年2月10日(水)発売
著者:リーヴ・ストロームクヴィスト
訳者:よこのなな
価格:1,980円(税込)
発行:花伝社

プロフィール

よこのなな

1977年生まれ。1990年代半ばと2000年代初めにスウェーデンの地方都市でスウェーデン語や社会科学を学ぶ。図書館勤務などをへて、翻訳者に。訳書にリーヴ・ストロームクヴィスト『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』(花伝社)、フリーダ・二ルソン『ゴリランとわたし』(岩波書店)。

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