才能に負け続けたパンサー向井慧 不向きな世界での戦い方を語る

2008年にお笑いトリオ「パンサー」を結成し、ツッコミ担当として人気を博している向井慧。デビュー当時は「出待ち人数No.1」、2015年には「よしもと男前ランキング」で1位になるなど、これまでアイドル的存在として認知されることが多かったという。しかし近年は、CBCラジオで自身の番組『#むかいの喋り方』のパーソナリティーを務め、お笑い番組でも実力派中堅のポジションを確立。番組出演は後を絶たない。一方で「自分はお笑いが好きだけど、愛されていない」という報われない心境を吐露し、葛藤を抱える人々から「自分だけではない」と共感を集めた。

「幸福度の高い国」と言われる北欧でも、青少年のうつ病者数は少なくない。その要因のひとつは、ソーシャルメディアから得る過剰な情報だとも言われている。自分が自分らしくいられて、輝ける場所を見つけることに、多くの人が難しさを感じている。やりたいことが向いているとは限らない人生のなかで、向井が「不向きの世界」のなかで戦い続ける理由を聞いた。

「お笑いから愛されていない」パンサー向井が本心を言えるようになった理由

―2020年8月にトーク番組『あちこちオードリー~春日の店あいてますよ?~』(テレビ東京)で、向井さんが「お笑いから愛されていない」発言をして大きな反響がありました。

向井:そうですね。テレビで喋ったのはオードリーさんの番組がはじめてだったんですけど、じつは2年ほど前から地元名古屋で『#むかいの喋り方』というラジオ番組をやらせてもらっていて、そこではけっこう話していたんです。そのときにリスナーから「すごいわかります」とか、「私も同じようなことがあったけど、頑張れそうです」という声をいただきました。

向井慧(むかい さとし)
1985年12月16日生まれ、愛知県出身。2005年にNSCに入校。2008年に菅良太郎と尾形貴弘とともに「パンサー」を結成。舞台やバラエティー番組を中心に活躍中。現在は『王様のブランチ』(TBS)、『潜在能力テスト』(CX)、『#むかいの喋り方』(CBCラジオ)などに出演中。

―ラジオで自分の悩みを話すようになったきっかけは?

向井:もともと自分が抱えている葛藤は、世間に言うようなことではないと思っていたんです。「みんな大変だし、生きづらさもあるのに、それを仕事にしていいのか?」って。それに、テレビでは人気者でリア充みたいな見え方だったし、そんな奴が「こんなんで悩んでいて……」って言っても、「いや、結局充実しているんでしょ」って思われる。だからSNSでもネガティブなことは投稿していません。

でもお笑いの第7世代が出てきて仕事を奪われる立ち位置になったり、後輩も先輩もいる中間のポジションになったりしたときに、自然といままで心のなかで思ってきたことに説得力を帯びるようになったのかもしれません。そんなタイミングで自分のラジオ番組を持たせてもらえることになって、しかも地元というホーム感もあるなかで、はじめて「ずっと言いたかったけれど言えなかったこと」を喋るようになったんです。

―喋ったことで、どのような変化がありましたか?

向井:自分が話すことで、ちょっとでも心が軽くなる人がいるんだなという実感を持てました。でも本当はこんなことを言わずにいたほうが絶対かっこいいと思うので、あまり見せたくないんですけど(笑)。

「自意識が強制的に芽生えた」。松本人志『遺書』が芸人人生に与えた影響

―向井さんは、いつ頃から悩みやすさや繊細さを抱えるようになったのでしょうか?

向井:僕は小学校6年生くらいから「お笑い芸人になりたい」と思っていて、中学生まではクラスのひょうきん者みたいな感じだったんです。でも高校生のときに松本人志さんの著書『遺書』を読んで、そこに「明るい奴は売れない」「暗いやつこそ本当に面白い」って書かれていて、「じゃあ売れないじゃん、俺」ってショックを受けて。

急に見られ方が気になるようになって、明るいと思われないような言動に変えてみたり。そこで自意識みたいなのが強制的に芽生えちゃった。けっこう衝撃的な体験で、いまの自分のスタートはそこからだと思いますね。

―『遺書』の衝撃を経てNSC(吉本興業の養成所)に入所したんですね。

向井:そうですね。「お笑い芸人として、テレビに出て売れるにはどうしたらいいんだろう」って、ずっと考えてきて、逆にお笑い以外の道を考えたことがないんです。それでNSCに入ったときに、同期のチョコプラやシソンヌのネタや一発ギャグを見て、「本当に面白い奴らって、こんなに面白いんだ。じゃあ無理じゃん」って才能の差に気づいて愕然としました。はじめはボケをやりたいと思っていたけれど、それじゃ戦えない。

でも絶対にお笑いの世界にいたいと思ったし、この仕事以外は考えられなくて。やめる勇気もなかったんでしょうね。だから、努力でなんとかなりそうなツッコミをやるしかないな、と。みっともないけど、それくらいこの世界にしがみつきたかったんです。

―その後、ボケをやりたいと思うことはありますか?

向井:それはないですね。早々に打ちのめされたので。

―笑いの才能がある人たちと向井さんのあいだで、どんな差があったのでしょうか?

向井:スポーツ選手で言ったら、筋肉のバネとか骨格とか、そもそもの身体能力のポテンシャルが違うっていうのがあると思うんですけど、お笑いも同じ。本当に面白いと思うことを全力で表現してきた人たちと違って、僕は座学でお笑いをやっちゃっていたから、そういう人たちには絶対に勝てない。僕のお笑い論で言うと「面白い人こそ最強」なんです。だからそれのお手伝いならできるかもしれないという視点に切り替わりました。

―ボケを諦めてツッコミになったとはいえ、自信を持ってステージに立たないといけない世界。そのためにどのようなアプローチをしたのでしょうか?

向井:ツッコミにも、例えツッコミをする人や、いじられるツッコミをする人とかいろいろなタイプがいるんですけど、先輩であるピースの又吉さんから「自由でいいけど、向井の場合は『こいつにボケたいな』と思われるようなツッコミになりなさい」と言われたんですよ。

ボケの人がボケて笑いが1になり、そこに例えツッコミという笑いを1つ入れて「笑いの総数」を2にすることもできる。けれど、ボケの人がいつもの1.5倍とか2倍の笑いを出せるようなツッコミができたら、笑いの総数は変わらないですよね。僕の場合は前者ができないので、後者のほうが向いているのかなと。

同時にそれは、ボケの人に最大のリスペクトがあるからなんです。だからボケに張り合ってやろうという気持ちは全くないですね。それはパンサーだけでなく、どこに行っても、相手が誰でも同じことです。

―お笑いをやっていて、どんなときにやりがいを感じますか?

向井:もちろん笑いを引き出せたときですけど、結局お笑いの世界の面白い人と仕事ができることこそ、なによりのやりがいなんですよ。面白い人が大好きで、尊敬しかない。だから本当に自分が面白いと思う人たちから、裏で「良かったよ」とか「お前のおかげだよ」と言ってもらえていたから頑張れた。

―先輩から褒められても、謙遜している向井さんをよく見かけます。ここまでの活躍があれば、もう少し自信を持てそうなのに。

向井:僕の場合、才能に負け続けて、道をそれては進んでを繰り返した結果ここにたどり着いているので、謙遜ではなくて本当に心から思っています。自分がやっていることは誰にでもできることなんだと。

でも運だけは強いと思っています。出会った人、声をかけてくれる人たちに本当に恵まれている。あとはお笑いが異常に好き。それが向いていないと思っていても、お笑い芸人を続けられている理由なのかなと。

―ツッコミとして活動するなかで、自分の強みはどこにあると思いますか?

向井:ツッコミの世界は、それはそれでとんでもない人がいて、フットの後藤さんとか南海キャンディーズの山里さんとか「どういう思考回路なんだろう?」と不思議に思うくらいポンポン新しいワードとか例えが出てくる。努力していても、そんな方達にはとても勝てない。だからなんとか自分ができる範囲で戦える状態に持っていかなきゃなと思います。

「2020年は報われた年だった」自分と向き合い続けて見えてきたこと

―向井さんはnoteもやられていますが、読んでいるとすごく繊細な方なのではと感じました。

向井:敏感なんですよね。気になることがいっぱいあるし、嫌なことがあるとテンションが下がって、いいパフォーマンスが出せなくなっちゃう。それで帰ってから「なんでそんなことで。気にしなくていいじゃん別に」って、また落ち込む。

―そんなときはどのように気持ちを切り替えているのですか?

向井:とりあえず夜の街をひたすら歩いて、なんとなく落ち着く公園に行って、ベンチに座ってコーヒーを飲む。そうしないと家に帰れないです。しかも年々考え込みやすくなってきている。たぶんラジオの影響です(笑)。1週間のあいだにラジオのネタを拾わなきゃいけないから、アンテナが過敏になってしまっているんでしょうね。本来だったら流していたことも、「ラジオで喋れるな」と思ってすくい上げて、ラジオで喋って消化する。

一方で、リスナーから反響があると「リスナーが楽になるようなことを言わなきゃ」という考えがどこかで生まれてしまって、それが嫌なんですよね。「誰かの心を軽くしたくてやってないか?」と。自分と対話してみないと、本当に自分が喋りたいことなのか、求められているから喋っていることなのか、わからない。それを整理する時間でもありますね。

―まだ葛藤の最中だとは思いますが、こうしたら自分も楽になるし、相手にも伝えられるというポイントは見えてきたりしましたか?

向井:向き合ってみると、じつは気づいているのに見て見ぬふりしている自分に気づくんです。たとえば、これは聞いている人に寄り添っているだけの話だろうなとか。そうなると気づいていないフリはできない。ここまできたらズルしないで正面からいまの感情に向き合ったほうがいいと思うようになりました。

自分の気持ちを噛み砕くのに時間はかかるけど、人にも自分にも嘘はやめる。できないものはできないし、必要以上に期待されたって、満足させる言葉は出せないし。

―昨年からは特に、テレビを見ていても「パンサーの向井さんってこんな感じの人だったんだ」と驚くことが多くなりました。才能を持つ人が多くいるなかで、向井さんの努力が上回った年だったのかもしれません。

向井:2020年は、いままでコツコツやってきたことが報われたという実感がありましたね。それこそ『あちこちオードリー』もそうですけど、喋る場を与えていただいて、ちゃんと受け止めてくれる方がいて、それを見てくれる方がいた。

『有吉の壁』(日本テレビ)も去年の4月からレギュラーになって、「俺、芸人やってる」と思える番組に毎週出させてもらえるようになりました。ラジオもそうなんですけど、貯めてきたマイルみたいなものが2020年に放出されて、芸人として表現できる場ができた、みたいな感覚があります。

「一個ぐらいは勝ちたい」。天性を努力で上回るために

―お笑い芸人として本気で戦える場に居られるようになったことで、今後やりたいことは見えてきましたか?

向井:ラジオが自分のなかですごく楽しくて。僕が思うに、テレビでガンガン活躍されている方が、ちょっとオフっぽさを出せるのがラジオの魅力。だからそこで自分が全力を出せば、めっちゃ面白い人といい勝負ができるんじゃないかなと思えてきて。僕もやっぱり一個くらいは勝ちたいです。

同時に、負け続けたからこそ、見えるものがあると思っていて。勝ち続けた人に、他の負けた人の気持ちはわかりにくいはず。大勢の芸人のなかで前に出られない人の気持ちが痛いほどわかるから、自分がその人を助けられるポジションになったときは、なんとかしてあげたいと思いますね。

―最近は後輩から相談されるようになりましたか?

向井:うーん、それはまさにいまの課題ですね。先輩にやってもらったことを返さなきゃいけない時期にきているなと。そもそも飲み会とか嫌いなんですよ、僕。家にいたいし、誘われたけど行きたくないときもある。そんな気持ちを後輩に背負わせたくなくて、いままでなにもしてこなかったんですよね。

でもいまは先輩にやってもらったことを返していきたいので、「本当に行きたいです」という目をした人だけ誘ってみたいと思います(笑)。

―向井さんと同じように「才能がない」と悩みを持つ後輩がいたら、何を伝えますか?

向井:もしワードとかで勝負できないとツッコミの人が言うのなら、僕のなかで究極のツッコミは「爆笑している」ってことだといまは思っていて。だから、「ボケの人がめちゃくちゃ面白いことを言っているから笑っちゃう」というのが、なによりのツッコミになるはず。僕の場合そのくらい単純なこと。あとはお笑いをやめずに続けてコツコツと積み重ねていけば、信頼されて選ばれる人になる。

お笑いが最強に好きで、自分にできることを突き詰めていけば、もともとの才能がなくても飯は食っていけるようになる。自分なりに必死にもがけば、自然といい仲間に出会う機会にも恵まれて、好きな人だけが残っていって、自分の足りないところを埋めてくれる人に出逢って、この世界で生きていくことができるのだなと感じています。

―最後に、これだけは大切にしたいと思う信条を教えてください!

向井:「お金が欲しいわけでも、有名になりたいわけでもない」っていうことですね。もちろん、お金もほしいし、有名にもなりたいんですけど(笑)、テレビやラジオ以外でも自分で発信できる時代だからこそ、「なんでもあり」なのは、僕は怖い。

この世界だとカリスマ性はどうしても大切だから、俺ってすごいですよねってアピールしたほうがついてくる人も増える。ときどき有名になりたい気持ちに負けて、見失いそうになる瞬間があるけれど「それホントにやりたいか?」って問いかけています。僕が1番好きで居たい世界は、なによりもお笑いの世界ですから。

プロフィール
向井慧 (むかい さとし)

1985年12月16日生まれ、愛知県出身。2005年にNSCに入校。2008年に菅良太郎と尾形貴弘とともに「パンサー」を結成。舞台やバラエティー番組を中心に活躍中。現在は『王様のブランチ』(TBS)、『潜在能力テスト』(CX)、『#むかいの喋り方』(CBCラジオ)などに出演中。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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