矢部太郎と地理の専門家が語る、スマホじゃない紙地図の面白さ

矢部太郎と地理の専門家が語る、スマホじゃない紙地図の面白さ

インタビュー・テキスト・編集
飯嶋藍子
撮影:萩原楽太郎
2020/11/09
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ムラで全てが賄えれば、山を越えるという発想が生まれにくい。(村山)

―その土地の人たちとの交流からまた見える景色が変わりそうですね。

村山:山梨の甲府あたりの山に囲まれている景観って不思議な気持ちがしませんか? 自分の故郷でもないのになんとも言えない居心地の良さがありますよね。

矢部:わかります! それを感じているの、僕だけかと思ってました(笑)。やっぱり先生も感じます? あれ、なんでなんですかね?

 
矢部が描いた、山梨県市川三郷町の小さな集落・近萩(上)と、山梨県北杜市明野町(下)のスケッチ。山に囲まれた地形と風土が感じられる。
矢部が描いた、山梨県市川三郷町の小さな集落・近萩(上)と、山梨県北杜市明野町(下)のスケッチ。山に囲まれた地形と風土が感じられる。

村山:ひとつはやっぱり盆地だからだと思います。たとえば京都も、南は開いているけど、北からは全体を山で囲まれているような地形ですよね。懐に抱かれたような盆地のあの地形は日本人にとって馴染み深く、居心地が良く感じると言われているんですよ。

矢部:へえ。スーッと抜けている気持ち良さがありますよね。でも日本人じゃなかったら、ちょっと山に囲まれてて不安に思う人もいるかもしれないですね。

村山:たしかにそうかもしれませんね。日本は、内陸では主に盆地などに昔ながらのムラや都市が発達しているんです。平地ではお米がとれて周囲の山の幸も豊富な環境にあるという理由もあると思います。

つまり、日本では基本的にムラで全てが賄えるわけです。四季があって折々食料が得られて、生活ができる。そこで生まれて育って、家族を育んで、死んでいく。山を越えなくても生きていけるから、日本は山を越えるという発想が生まれにくいのかもしれません。

村山朝子

―日本は定住向きなんですね。

村山:そうですね。逆に言うと、定住しない者は生きづらいかも。一方で、乾燥地帯などでは、定住したら生きていけないんです。どこに食料があって、どこが安全なのか、常に俯瞰する「鳥の眼」、つまり空間把握能力が必要なんです。ちなみに、スウェーデン北部ではトナカイ放牧による移動生活が見られましたが、大半の人々は定住していました。でも、そもそもスウェーデンは貧しい国で——。

矢部:「貧しい」んですか?

村山:矢部さんは、何をもって「貧しい」と言うと思います?

矢部:うーん……作物が穫れるかどうかとかですか?

村山:そのとおりです。「食べていけるかどうか」が、まず生活するうえでいちばんの問題。スウェーデンは今でこそ豊かですけど、農業の観点から見ると近代以前は非常に貧しい国でした。

ムーミン谷はフィンランドの風土がそのまま表れていますよ。(村山)

―それは土地自体が良くなかったということなのでしょうか?

村山:氷河が削った岩盤の上に薄い土壌があるだけなので、まず土が豊かではない。しかも冷涼で日照時間が非常に限られていますよね。土地を耕して作物を得るには限りがあり、森に入って木の実やキノコを採るしかなかった。そういう問題もあって近代以前は人口が少なかったんです。

逆に、日本の場合は温暖な気候であり、平野部のほとんどが「沖積平野」と呼ばれる川が運んだ土砂が堆積した地形になっていて、これは耕作に適した肥沃な土地なわけです。

左から:矢部太郎、村山朝子

矢部:さっきおっしゃっていた「日本の比較対象として適材」というのは、全く違う環境だからなんですね。

村山:そうなんです。ちなみに矢部さんは北欧に行かれたことはありますか?

矢部:ないんです~! でも、北欧って聞くとムーミンのイメージがあります。

村山:ムーミン谷はフィンランドの風土がそのまま表れていますよ。『ムーミン谷の十一月』っていう話、ご存知ですか? 北欧でいちばん暗い季節って11月なんです。

その時期は日照時間が極端に減っていって。それだったら12月のほうが暗いんじゃないの? って思うかもしれませんが、12月は楽しいクリスマスがあるし、冬至を過ぎれば少しずつ明るさを取り戻す。11月はなんにもないんですよ。

ムーミン谷の冬を垣間見ることができるエピソード。

―気持ち的にも暗くなっちゃうような季節というか。

村山:そうそう。ただ暗くてどんよりした天気が続く。本当に鬱々としているのが11月。ムーミンの物語も、フィンランドの環境や、氷河に削られた地形を理解したうえで見てみるとすごく深く読み解いていけるんです。

矢部:じゃあ、あの物語の情景はフィンランドの方々からしたらあるあるなんですか?

矢部太郎

村山:たぶんあるあるです。秋に採ったリンゴンベリーをジャムなどの保存食にしたり、冬が来る前に森に行ってキノコや木の実を採っておいたりね。ちなみに、北欧って私有地に入って、そこに生えている植物を採ったりしていいんですよ。

矢部:え!? 日本だと大変なことになりますよね(笑)。

村山:日本だとそうですね(笑)。でも、北欧は自然享受権という権利が慣習法として認められていて。国ごとにルールは異なるのですが、私有地の木の実なんかを採って食べたり、キャンプしたりもできます。

学校での地理の授業がおもしろくないとしたら、経済の観点が中心で暗記するだけになってしまっているのかも。(村山)

―貧しいことが前提にあるから、少ない資源をみんなでシェアしましょうという精神が生まれたんでしょうか?

村山:もともとはきっとそうだったんだと思います。「自然は誰のものでもなく、みんなのものである」っていう考え方があるんですよね。

村山朝子

―そう考えると日本はかなり区画わけがきっちりされていますよね。

村山:日本だと土地が豊かですから、それを所有すること自体に経済的価値がありますよね。ただし、おそらく日本も、近代以前は自然享受的な意識で森や土地を共有していたんじゃないかなとは思うんですよ。いわゆる里山ですね。近代以降は経済の観点から、自然は非常に価値があるものだと思われるようになって、それから変わってきちゃったんじゃないかと。

学校での地理の授業がおもしろくないとしたら、経済の観点が中心で、地名や産物を暗記するだけになってしまっているのかもしれません。最初に学ぶ時は、自然や大地がどれだけ私たちに恵みを与えてくれて、私たちの生き方に関わっているか、という観点で学べたらいいのにって思うんです。

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書籍情報

『大家さんと僕 これから』
『大家さんと僕 これから』

2019年7月25日(木)発売
著者:矢部太郎
価格:1,210円(税込)
発行:新潮社

『「ニルスのふしぎな旅」と日本人: スウェーデンの地理読本は何を伝えてきたのか』
『「ニルスのふしぎな旅」と日本人: スウェーデンの地理読本は何を伝えてきたのか』

2018年11月16日(木)発売
著者:村山朝子
価格:2,750円(税込)
発行:新評論

『新訂「ニルス」に学ぶ地理教育:環境社会スウェーデンの原点』Kindle版
『新訂「ニルス」に学ぶ地理教育:環境社会スウェーデンの原点』Kindle版

2019年3月26日(火)発売
著者:村山朝子
価格:700円
発行:22世紀アート

プロフィール

矢部太郎(やべ たろう)

お笑い芸人 / 漫画家。1977年生まれ。東京都出身。1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、ドラマ、映画で俳優としても活動。初めて描いた、自身の体験をもとにした漫画『大家さんと僕』で『第22回手塚治虫文化賞』短編賞を受賞した。現在、小説新潮にて絵本作家である父・やべみつのりとの幼少期のエピソードを綴ったエッセイ漫画『ぼくのお父さん』を連載中。

村山朝子(むらやま ともこ)

茨城大学教育学部教授。1958年生まれ。静岡県出身。お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒業。奈良女子大学大学院文学研究科修士課程修了。2009年より現職。社会科教育学、地理教育を専門とし、中学校社会の教科書執筆に携わる。スウェーデンの名作『ニルスのふしぎな旅』を地理の観点から研究。著書に『ニルスに学ぶ地理教育―環境社会スウェーデンの原点―』など。

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