戸田真琴は自由のために訴える。人の本質を見た目で判断しないで

戸田真琴は自由のために訴える。人の本質を見た目で判断しないで

テキスト
戸田真琴
撮影、編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)

どんな姿かたちで生まれたかは、内面に関係のないはずなのに。いつの間にか刷り込まれた偏見

他人というものを知ろうとするとき、その人の本当の姿は、態度、仕草、言葉、眼差し、装い、距離感……その人自身が人生のうちで選んできた要素を含めて、やっと浮かび上がるものです。容姿についての生まれ持った要素に対しても、ありのままでいることを選んだり、もとの造形に似合うメイクや髪型を選んだり、似合うかどうかを無視して自分の好きなテイストに仕上げたり、労力とお金をかけて磨きをかけたり、「自分の容姿に対してどういうスタンスを選んだのか」ということ自体はその人自身を知るための要素となりえます。でも、「もともとはどういう姿かたちで生まれたのか」は、内面とは、あまり関係がないのだと思います。

よく考えてみると当たり前に思えるそんなことが、無意識のままでは意外と気が付くことができない。私たちは、見た目の印象と内面をないまぜにしてしまう思考法を、長らく刷り込まれながら育ってきてしまいました。

戸田真琴

読み聞かされるおとぎ話では主人公の「心のきれいさ」が分かりやすく「容姿のきれいさ」に変換されていて、子ども心に「幸せになるお姫様は姿も美しいんだな」と悟らされてしまいます。

学校に行けば、アイドル雑誌でどの人が「好み」か選び合い、クラスの中心は可愛くてオシャレでキラキラした女の子。家に帰ればテレビのバラエティで太った女芸人がイジられて笑い者にされ、きれいな女優さんは大事に丁重に扱われる。

就職活動では「第一印象を良くしよう」という名目のもとに「目鼻立ちがよく見えるメイク」を勧められ、美人の子から順に「真面目で活発そうだね!」と言われて内定が決まっていく。大人になっても、容姿が優れているとされない人は飲み会の場で笑い者にされたり、美人という扱いの人には接待能力を求められたり、容姿による差別が続いていく。私たちは、当たり前のような顔をしてこの社会を生き抜いてきていますが、改めて振り返ると、今の日本で生まれ育つということは、同時に容姿による差別心というものを生まれながらに植え付けられるということでもあるのだと思います。

「裏切られた」という感情を恐れるゆえ、生まれてしまう思い込み

見た目……顔立ちや体型についての印象は一目で確認できる上、集団での共通認識を作り上げやすく、安易にコミュニケーションの話題として用いられやすいのも確かです。また、本能的に好みの顔立ちや体型というものがあることも否定できませんし、「多くの人に好まれる」姿かたちの傾向があるのも致し方ないことです。他人の容姿によって癒しや感動を得たり、なりたい容姿に憧れたり、見た目によって恋に落ちることさえも、それぞれはただ単純に素晴らしいことだと言えます。

さらには、人には元来「安心したい」という欲望があります。無意識のうちに「こういう容姿の人はこういう性格であるはずだ / べきだ」という予想をしてしまうと、相手がそうでなかったときに、自身の想像力の欠如を省みるより先に「裏切られた!」という感情になってしまう人も少なくありません。

そこでより深く相手を知っていくことや、予想と現実の違いを楽しむことに目を向けられる人はとても素敵な人だと思いますが、自分自身に余裕がないと、そういった予想外のことーー安堵よりも混乱を与えるできごとーーをポジティブに捉えることができないのも、人間の性質上、ある種仕方ないことかもしれないのです。

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プロフィール

戸田真琴(とだ まこと)

2016年にSODクリエイトからデビュー。その後、趣味の映画鑑賞をベースにコラム等を執筆、現在はTV Bros.で『肯定のフィロソフィー』を連載中。ミスiD2018、スカパーアダルト放送大賞2019女優賞を受賞。愛称はまこりん。

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