サカナクション『暗闇』レポ。完全暗転の会場で音楽が見えた瞬間

「音楽は立体である。しかし、視覚はそれを見えないようにする霧だ」

愛知県で2010年から3年に一度開催されている国内最大規模の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ』が8月1日に開幕した。「膨大な情報から生まれる不安という感情が分断や格差を作り出している現代において、それを打ち破ることができるのもまた情(=なさけ)なのではないか?」という問いから、「情の時代」をコンセプトに掲げ、国際現代美術展のほか、映像プログラム、パフォーミングアーツなど、様々な芸術作品が紹介されている。

そんな『あいちトリエンナーレ2019』の音楽プログラムとして、愛知県芸術劇場大ホールで4日間にわたって開催されたのが、サカナクションの『暗闇-KURAYAMI-』である。その名の通り、完全暗転させた会場の中でライブパフォーマンスを行うというもので、視覚が閉ざされ、聴覚が研ぎ澄まされた中での音楽体験を味わうことのできる、実験的なインスタレーションプログラムだ。

本公演では2018年にEX THEATER ROPPONGIで行われた4デイズ公演から導入されているドイツd&b audiotechnikのイマーシブ・サウンド・システムSoundscapeを使用し、前後左右だけでなく、頭上にもスピーカーを設置することで、イマーシブ(=没入感のある)な音楽体験を実現(220度サラウンドだったとのこと)。「音楽は立体である。しかし、視覚はそれを見えないようにする霧だ」とは山口一郎の言葉だが、視覚を遮断し、霧を取り払うことで、立体としての音楽がより明確になるというわけだ。

古くは冨田勲のピラミッドサウンド、あるいは、『グラミー賞』の「最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞」にノミネートされたCorneliusの『SENSURROUND + B-Sides』など、これまでもテクノロジーの進化とともに様々な形で立体音響の追及が行われてきたが、本公演もそんな歴史に連なるものだと言える。また、誰もがDTMで音楽を作り、自由な音の配置で新たなリスニング体験を生み出すようになった現代は、「サウンドデザインの時代」であるとも言え、その観点からも、本公演の意義は大きいように思う。

完全暗転の「暗闇」で感じた「見えないからこそ見える」音

ここからは筆者が実際に体験した8月8日の夜公演の模様をレポートしていく。まずホールの周辺に到着すると、黒を基調とした格好の人たちが集まっていて、すぐにここが会場であることがわかる。これは事前に「『暗闇』に合わせた服装でご参加下さい。暗所で目立つ可能性のある服装は制限させていただきます」というアナウンスがされていたからで、この時点ですでに参加型のパフォーミングアーツが始まっているようなワクワク感があった。

場内に入ると、鈍い鐘の音が鳴り響き、黒装束に身を包んだ人がフロアを歩いていたりと、何やら不穏な雰囲気。ステージ上には機材が置かれた台が5つ並び、開演時間が迫ると黒装束たちがそこに箱を被せて、5つの直方体が並ぶ。メンバーが登場し、挨拶をすると、それぞれが箱の中へ。暗闇の中での演奏ということで、当然通常のバンドセットとは異なり、ラップトップなどを使い、この中で演奏が行われるようだ。

最初に「プラクティス」として、暗闇の予行演習が行われたのだが、場内が暗転すると想像以上に真っ暗で、自分の手元すら全く見えない。暗闇恐怖症というわけではないが、それでも最初の数分は不安と緊張を感じた。そこでデモンストレーション的に流れたのが、2本の弦のチューニングと、リズムのずれたメトロノームとドンカマ(ドンカマチックの略称:リズムマシーン)。特に、メトロノームとドンカマはそれぞれが鳴っている位置が明確に把握でき、早速暗闇と立体音響による「見えないからこそ見える」という効果が感じられた。

暗闇の中、あらゆる感覚が研ぎ澄まされた状態で見えたものや感じた音、香り

本編は4部構成で、第一幕は「Ame(C)」。暗闇の中、雨音が聴こえてきて、本当に雨の中にいるような錯覚に陥る。さらに、稲光がピカッと光ると、遅れて雷鳴が鳴り響く。そう、僕らはそもそも日常生活において、音の距離感というものを身をもって知っているのだ。そこから徐々にエレクトロニカ調の楽曲へと移行していき、今度は縦型のスクリーンを用いた音と光の同期による演出が加わる。暗闇の中で一瞬照明が光ると、その後にはっきりとした残像が残り、その形も様々で、おそらくはこれも意図的な演出だったのだろう。

続く第二幕「変容」では、“茶柱”が演奏され、実際に茶柱が立ったお茶の映像が映し出されると、どこからともなくお茶の香りが漂ってくる。視覚、聴覚にとどまらず、嗅覚にも訴えてくる演出だ。さらには、サラウンドで蝉の鳴き声が聴こえてきて、しかもよく聴くと微妙にエディットされているのがわかり、何とも不思議な空間が生まれていた。そして、“茶柱”から“ナイロンの糸”へと楽曲が変わると、映像は水面へと切り替わり、実際に歌っている姿は見えないものの、山口のエモーショナルな歌声に耳を奪われた。

第三幕「響」ではメンバーが箱から出てきて、ぼんやりとした照明の中、ステージ前方に立つと、フロアにいる黒装束とともに鈴を鳴らす儀式的なパフォーマンスを経て、和太鼓やラップトップを混ぜた形での演奏がスタート。ここで初めて、生楽器の音が目に見える形で場内に響き渡る。さらには、曲間でピンスポットがフロアを照らし、その動きと音が連動していて、光が近づくと音が大きくなるというのも斬新な体験だった。

ラストとなる第四幕「闇よ 行くよ」では、メンバーが箱の中に戻り、一瞬の強い光から再び真っ暗闇に戻ると、ここからは一切の演出なく、フィジカルなダンスミュージックがひたすら演奏された。サラウンドで鳴り響く音の迫力を体全体で感じ、席に座ったままでも、ひたすら高揚感が高まっていく。公演全体は一時間ほどだが、暗闇の中にいると時間感覚も失われたような感じがするので、あっという間の出来事だった気も。とはいえ、立体としての音楽を存分に味わえる、濃密な一時間だったことは間違いない。

この国はすでに闇に包まれているのかもしれない。しかし、あきらめることなく踊り続けるべきだ

「情の時代」という『あいちトリエンナーレ2019』全体のコンセプトになぞらえるなら、サカナクションが提示するのは「詩情」だと言える。本公演は最先端のテクノロジーを用いたアート体験であると同時に、音と言葉で美しい風景とセンチメントを立ち上げるのがサカナクションの表現であることを再認識させるものでもあり、そんな詩的な感性こそが、「情報」の渦に対抗しうる「情」であるように感じられた。

「暗闇」とは先行きの見えない未来に対する不安そのものであり、『あいちトリエンナーレ2019』は現在の混沌とした状況を図らずも映し出してしまった。「一寸先」ではなく、すでにこの国は闇に包まれているのかもしれない。そんな暗澹たる気持ちにもなってくる。しかし、暗闇の中であっても、いや、暗闇の中だからこそ、五感をフルに活用して微細な変化の兆候を感じ取り、あきらめることなく踊り続けるべきだ。『暗闇-KURAYAMI-』が示したのは、そんな自由への意志と、可能性の萌芽であったように思う。

イベント情報
サカナクション
『暗闇-KURAYAMI-』

2019年8月7日(水)、8日(木)、10日(土)、11日(日)
会場:愛知県芸術劇場大ホール

『あいちトリエンナーレ2019』

2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝)
会場:愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、名古屋市内のまちなか(四間道・円頓寺)、豊田市内(豊田市美術館及び豊田市駅周辺)

プロフィール
サカナクション

2005年に活動を開始、2007年にメジャーデビュー。文学性の高い歌詞と郷愁感あふれるフォーキーなメロディ、バンドのフォーマットからクラブミュージックのアプローチをこなすなど独自のスタイルを持つロックバンド。様々な受容性を持つ楽曲はリリースするたびに高く評価され、2018年3月にリリースしたベストアルバム「魚図鑑」では、オリコンウィークリーチャート初登場1位を獲得。全国ツアーは常にチケットソールドアウト、2019年には全国アリーナにて6.1chサラウンドシステムを導入したライブツアーを実施。出演するほとんどの大型野外フェスではヘッドライナーで登場するなど、現在の音楽シーンを代表するロックバンドである。第64回NHK紅白歌合戦に出場、第39回日本アカデミー賞にて最優秀音楽賞をロックバンド初受賞するなど、多様な活動を高い表現で実現し、評価されている。また、「ミュージシャンの在り方」そのものを先進的にとらえるその姿勢は 常に注目を集め、近年では各界のクリエイターとコラボレーションを行いながら、音楽と様々なカルチャーが混ざり合うイベント"NF"を2015年スタートさせている。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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