映画・ドラマにおける旧車ブーム。その理由を宇野維正が解説

クルマを好きになれば、ポップカルチャーへの理解はもっと深まる。そんなコンセプトではじまった、映画・音楽ジャーナリストの宇野維正によるクルマを知り、文化を知るための連載「ポップカルチャー愛好家のためのクルマ講座」。

第2回となる今回のテーマは、近年の旧車ブームや、クルマへのフェティシズムが込められた映画&ドラマ作品が増え続けている状況について。ここ数年、映画&ドラマにおける旧車の活躍ぶりを象徴する作品と言える映画『ベイビー・ドライバー』やドラマ『ブレイキング・バッド』シリーズなどを、クルマにまつわるエピソードを交えて紹介します。クルマを知り、そして想いを馳せることで、あなたの映画やドラマを見る視点はより豊かなものになるはず。(Fika編集部)

最新の高性能車を尻目に、優れた映画&ドラマの作り手たちが旧車にこだわる背景

前回のコラム(いい映画は、クルマを見ればわかる。その理由を宇野維正が解説)では「プロダクト・プレイスメント」(映画やテレビドラマの劇中において、役者の小道具として、または背景として実在する企業名・商品名を表示させる手法のこと)を中心に、現在の映画&ドラマとクルマの関係を探っていったが、今回は近年の映画&ドラマにおけるクルマの最新トレンドを紹介していきたい。それを一言で表すならば「旧車ブーム」だ。

映画『スクランブル』(2017年公開、監督はアントニオ・ネグレ)のトレイラー映像。高級クラシックカーを狙う強盗団を描いた作品で、1937年型ブガッティや1962年型フェラーリ 250GTOが登場する

我々が生活している現実世界における「旧車ブーム」は、今にはじまったことではない。どの時代にも一定数、同時代のクルマよりも過去のクルマを愛する自動車マニアは存在してきた。角ばったフォルムのクルマが主流となった1980年代には1960年代頃までの流線形デザインに憧れ、丸みを帯びたデザインのクルマばかりとなった2000年代以降は1980年代の無骨なデザインがリバイバルする。クルマはファッションの流行にも似て、今ではないどこかの時代に想いを馳せるのにうってつけのライフスタイルアイテムであり続けてきた。

『デスプルーフ in グラインドハウス』(2007年公開、監督はクエンティン・タランティーノ)のトレイラー映像。1970年型シボレー・ノバ、1969年型ダッジ・チャージャー、1972年型フォード・マスタングなど、角ばったフォルムのクルマが多数登場する

ファッションと違うのは、クルマの流行は後戻りができないことだ。衝突安全性や空気抵抗を抑えることが重視されるようになったため、クルマのデザインを縛る制約は時代を追うごとに増え続けている。

わかりやすい例だと、スーパーカーブームのときに少年たちが夢中になったリトラクタブルヘッドライト(格納式のヘッドライト)は、衝突時の相手に与えるダメージ軽減のため2000年代前半までに世界の自動車市場から新車では消滅した。モデルチェンジごとに同一車種のサイズが大きくなっていく最大の理由も、搭乗者及び歩行者の安全確保を高めるためだ。一方で、デザインの新しいトレンドはテクノロジーの進化と密接な関係がある。近年、薄目のヘッドライトが主流となって、どのクルマも顔つきが似てきているのは、LED化が進んで小さなライトでも十分な光源を得ることができるようになったからだ。

『アウトバーン』(2016年公開、監督はエラン・クリーヴィー)のトイレラー映像。ジャガーF-TYPE、アストンマーティン・ラピードS、ボルボV70など、小ぶりのヘッドライトが採用された高級車が多数登場する

後戻りできないのはデザインだけではない。音楽にアナログ盤の需要があるように、マニュアルのトランスミッションは車種によって一定数は残されているが、モータースポーツをはじめとする本物の高性能が求められる局面において進化が課せられているのは、今や完全にオートマティックのトランスミッションだ。ボルボのように2020年までに新しい自社のクルマでの交通事故による死亡者や重傷者の数をゼロにするという目標を掲げているメーカーも存在するが(言うまでもなく、それ自体は素晴らしい目標だ)、つまりそれは、今では人間の反射神経を超えた挙動は、ほとんどすべてコンピューターによって制御されていることを意味する。

『ブレイキング・バッド』などに見る、クルマ選びとキャラクターの設定・演出の関係

優れた映画には、作り手のフェティシズムが不可欠だ。そして、そんな映画の作り手が、デザインが似通っていて、運転技術よりも安全性が重視されるようになった現代のクルマ(「現代のクルマを使用する以上、衝突シーンではエアバッグが開かなくては嘘になる」と言えば、その困難さがわかるだろう)ではなく、旧車に向かうのも無理はない。

ニコラス・ウィンディング・レフン監督作品『ドライヴ』(2011年)、エドガー・ライト監督作品『ベイビー・ドライバー』(2017年)といった、近年の特に印象的なクルマ映画が、舞台が現代であるにもかかわらず活躍するクルマの多くが旧車であることは象徴的だ。『ドライヴ』の主人公(名無しの設定)の愛車は1965年型のシボレー・シェベル・マリブSS。自動車修理工場で働きながら、カースタントマンの仕事もしている主人公が、コンピューターに制御された現代のクルマにプライベートで乗るわけがないのだ。

『ドライヴ』トレイラー映像

『ベイビー・ドライバー』のクルマ映画史上に残る冒頭のカーチェイスシーンで主人公・ベイビーが乗っているクルマは2006年型のスバルWRX。旧車というより、自動車専門誌などでは「ちょい古」などと呼ばれる時代のクルマだが、スバルがまだ『WRC(世界ラリー選手権)』で活躍していた、この時代までのWRXに強い思い入れを持つクルマ好きは日本人だけではない。

実はエドガー・ライトが書いた脚本では、このシーンで使用するクルマはトヨタのカローラ(どんなに普通のクルマでもベイビーの神がかり的なドライビングテクニックで局面を打開する、という演出意図があったのだろう)だったのだが、スタントマンから「ここは2006年型のスバルWRXがいいんじゃないか」とアドバイスがあったのだという。きっと、そのスタントマンはリアル「『ドライヴ』の主人公」のようなナイスガイであったに違いない。

『ベイビー・ドライバー』トレイラー映像

「ちょい古」なクルマを巧妙に使っている作品の筆頭といえば、ドラマシリーズの『ブレイキング・バッド』と、その前日譚となる『ベター・コール・ソウル』だろう。ウォルター・ホワイトの2004年型ポンティアック・アズテック、ジェシー・ピンクマンの1982年型シボレー・モンテカルロ、ジミー・マクギルの1998年型スズキ・カルタスエスティーム。

いずれも、名車などと呼ばれたことのまったくない大衆的なモデル(ポンティアック・アズテックにいたっては「世界で最も醜いクルマ」に選出されたこともある)だが、それらはニューメキシコ州アルバカーキの町を駆けずり回る彼らの拡張された身体であるのはもちろんのこと、その人格と完全に一体化した「主要キャラクター」として作中で重要な役割を果たしている。

2004年型ポンティアック・アズテックに乗るウォルター・ホワイト / © 2008 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.
2004年型ポンティアック・アズテックに乗るウォルター・ホワイト / © 2008 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.

作中、ウォルター・ホワイトはポンティアック・アズテックを手放し、クライスラー・300 SRT8に乗り換えることとなる。この出来事はウォルター・ホワイトのキャラクター描写において、重要なターニングポイントともなっている / © 2008 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.
作中、ウォルター・ホワイトはポンティアック・アズテックを手放し、クライスラー・300 SRT8に乗り換えることとなる。この出来事はウォルター・ホワイトのキャラクター描写において、重要なターニングポイントともなっている / © 2008 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.

『ブレイキング・バッド』シリーズに登場するクルマを紹介した動画。2004年型ポンティアック・アズテックのほか、1986年型フリートウッド・バウンダーRV、1986年型トヨタ・ターセル、1982年型フォードF-250が確認できる

『ジョン・ウィック』と『13の理由』の両作に共通する、フォード・マスタングというクルマ

一方で、アメリカの映画やドラマに出てくる旧車のなかでも「絶対的スター」と呼べる存在が、1960年代後半製造のフォード・マスタングだ。最大の理由は、1968年に公開されたピーター・イェーツ監督作品『ブリット』で、主人公のブリット警部補演じるスティーブ・マックイーンが乗っていたのが、1968年型フォード・マスタングGT390だったから。

ちなみに、同作品で敵役が乗っていたのは1968年型ダッジ・チャージャー。フォード・マスタングとダッジ・チャージャーとの宿命のライバル関係(アメリカのスポーツカーマーケットにおいても両車は長年競合車であり続けている)は、その後、無数の映画やドラマで描かれ続けていく。

『ブリット』トレイラー映像

いずれも設定は現代で、1960年代後半のフォード・マスタングが登場した近年の作品の筆頭といえば、映画ならば『ジョン・ウィック』シリーズ(主人公の愛車。1969年型フォード・マスタングのトップグレード、BOSS429)、ドラマならば『13の理由』シリーズ(登場人物トニーの父親の愛車。1968年型フォード・マスタング)だ。

『ジョン・ウィック』(2015年日本公開、監督はチャド・スタエルスキ、 デヴィッド・リーチ)のトレイラー映像

どちらの作品でも、オーナーから特別な愛情をかけられ、極上のコンディションに保たれていたフォード・マスタング。しかも、それが破壊された瞬間にストーリーが急展開するところも共通している。自慢の愛車が破壊されること、ましてやそれが1960年代後半のフォード・マスタングならば、自分の家族が殺されること、あるいは自分が信じる神を踏みにじられるのと同じくらい重大なことである。その気持ちがよく理解できるクルマ好きならば、登場人物の激しい憤りへの共感度もグッと上がるわけだ。

『13の理由』のオフィシャルInstagramより。トニー役を演じるクリスチャン・ナヴァロと1968年型フォード・マスタング

ハイスペックな新車から旧車へ。ハリウッドの大作映画にも変化の兆しが

このように、販売中、あるいは販売前の新車の「プロダクト・プレイスメント」とは別のところで、クルマへのフェティシズムが込められた作品は近年増え続けている。最近驚かされたのは、『007』シリーズと並んで「全編プロダクト・プレイスメントだらけの映画」の代表とも言える『トランスフォーマー』シリーズの最新作『バンブルビー』(2019年日本公開、監督はトラヴィス・ナイト)で、主人公の少女チャーリー・ワトソンが遭遇することになる「愛車」が、1960年代後半の黄色いフォルクスワーゲン・ビートルであることだ。

『バンブルビー』トレイラー映像

本作の舞台は1987年のカリフォルニア。したがって、いずれにせよ現代のクルマには出番はないわけだが(『トランスフォーマー』シリーズのことだから何が起こるかはわからないが)、ハリウッドにおける「プロダクト・プレイスメント」主導の映画作りにも、変化の時期が訪れているのかもしれない。

というのも、今後ハリウッドのアクション映画は『バンブルビー』だけでなく、アメコミヒーロー映画の世界においても『キャプテン・マーベル』(2019年3月公開予定、監督はアンナ・ボーデン、ライアン・フレック)、『ワンダーウーマン 1984』(2020年6月公開予定、監督はパティ・ジェンキンス)と、時代設定が近過去(『キャプテン・マーベル』は1990年代初頭。『ワンダーウーマン 1984』はタイトルの通り1984年)で、主人公は女性、という作品が目白押しなのだ。

『キャプテン・マーベル』トレイラー映像

近過去の街並みを描く上で、背景描写におけるクルマは間違いなく重要なポイントとなるはずだが、それは必然的に旧車や「ちょい古」のクルマが作中に多く登場することを意味する。また、もちろんクルマへのフェティシズムは男性だけのものではないが、主人公が女性であることで、クルマの描写方法もこれまでのアクション映画とは違うものになっていくかもしれない(ワンダーウーマンがクルマに乗っている姿は想像しにくいが)。

時代は新車から旧車へ、そして男性主人公から女性主人公へ。しかし、その一方で、拝金主義の象徴として、同時代のヨーロッパの高級車が崇拝され続けている映像ジャンルもある。ラップのミュージックビデオだ。次回はラップのミュージックビデオにおけるクルマ、そしてそのカルチャーとも深くリンクし、現代クルマ映画の絶対王者として君臨し続けている『ワイルド・スピード』シリーズについて論を進めていく。

リリース情報
『ブレイキング・バッド シーズン1 ブルーレイ コンプリートパック(2枚組)』

2015年7月22日(水)発売
価格:5,966円(税込)
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント



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