『ピッピ』の魅力を荒井良二が解く。子どもも大人も自由でいい

『ピッピ』の魅力を荒井良二が解く。子どもも大人も自由でいい

インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:鈴木渉 編集:青柳麗野
2018/09/10
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巨匠・宮﨑駿もアニメ化を悲願した名作を生んだ、リンドグレーンの人生とは?

会場には、リンドグレーンに影響や刺激を受けたアーティストによる、トリビュート作品が飾られた一角もあります。

同じスウェーデン出身の陶芸作家リサ・ラーソンは、1960年代にピッピの人形を制作。荒井さんが「しっかりとした立ち姿がカッコいい!」と見入っていたこの人形は、リンドグレーンのお気に入りでもありました。リサ・ラーソンは今回の展覧会のために、馬を持ち上げるピッピの新作人形も制作しています。

リンドグレーンと交流のあったリサ・ラーソンが、1960年につくったピッピ人形
リンドグレーンと交流のあったリサ・ラーソンが、1960年につくったピッピ人形

映画監督の宮﨑吾朗さんは、2014年にリンドグレーンの最晩年の長編『山賊の娘ローニャ』をテレビアニメとして制作しました。じつは宮﨑さんの父・駿さんは、かつて高畑勲さんらと『長くつ下のピッピ』のアニメ化を企画し、断念した経験を持ちます。リンドグレーン作品は、日本のアニメ界からも世代を超えて大きな尊敬を集めてきたのです。

ところで、こうした作品を生み出したリンドグレーンとは、一体どんな人物だったのでしょうか? 最後に荒井さんと、彼女の人生にスポットを当てた第2章の会場へと向かいました。

リンドグレーンは、「やかまし村」のモデルとなったスウェーデンの南部に位置するスモーランド地方の農場で子ども時代を過ごしました。同地方にある彼女のお墓も訪れた荒井さんによれば、そこは「丘がずっと続いている丘陵地帯」。ここで自然と触れ合い育った彼女は、高齢になってからも木登りをするような子ども心を持ち続けました。

木登りをするリンドグレーンの写真
木登りをするリンドグレーンの写真

平谷:お孫さんやひ孫さんによると、彼女はいくらでも幼少期を思い出したり、目の前の子どもの気持ちを理解したりすることができたそうです。世界中の彼女のファンから届く手紙にも、一通ずつ丁寧に返事を書いていたようですね。

いっぽう、その人生に深い影を落としていたのが、さきほどの里子に出した息子の存在でした。リンドグレーンはある場所で、こう述べています。

「あの子の泣き声が私のなかで、いつもいつも響いているのです。どんな状況においても、私が我を忘れて子どもの味方をしてきた理由は、この泣き声にあるのだと思います」

「死」や「悪」といった、児童文学ではタブー視されがちなテーマも堂々と扱うリンドグレーンの作品。ピッピの背後にあった戦争孤児も含め、その創作は人生の暗さにも支えられていたのです。

「暴力は絶対だめ!」授賞式でのスピーチが、母国の法制をも変えた

2015年、彼女の姿はピッピと一緒にスウェーデン紙幣になりました。この理由を平谷さんは、「彼女の活動が本づくりにとどまらず、国や時代を超える普遍性を持っていたからではないか」と話します。

実際、リンドグレーンはその社会的な行動によって、スウェーデンに子育ての先進的な考え方を根づかせました。それを象徴するのが、1978年にドイツ書店協会平和賞を受賞したときのエピソードです。

彼女は受賞の連絡を受けたさい、スピーチを授賞式への参加条件としました。そして行われたのが、子育てにおける暴力の不要性を説く「暴力は絶対だめ!」です。このスピーチは議論を呼び、翌年、スウェーデンにおいて世界ではじめてとなる、子どもへの肉体的・精神的な暴力を禁じる法律が生まれたのです。

ちなみに、日本語版『暴力は絶対だめ!』の表紙を描いているのが荒井さん。あらためてそのスピーチを聞き、こう感じたと言います。

荒井:やっぱりこういう人がもっといないとダメだよね。いま、世の中に対して直接的な行動を起こすのは、ますます難しい時代になっていると思うんです。それでも、ほかの表現者と比べて子どもの本をつくっている人は、それを比較的やりやすい立場にある。声を出せるアストリッドのような人を、「珍しい存在」にしちゃダメだと思う。

荒井さんが表紙を手がけた『暴力は絶対にだめ!』も展示されている
荒井さんが表紙を手がけた『暴力は絶対にだめ!』も展示されている

「子ども用にしつらえた物語ではなく、人間に開かれたものを与える作家こそ、信頼できる本物だと思う」

こうして、約1時間半にわたる鑑賞は終了。会場を回りながら印象的だったのは、荒井さんがリンドグレーンや自身の仕事をけっして「子ども向け」とは言わず、つねに「人間」と結びつけていたことでした。

荒井:僕の好きな絵本作家で、マーガレット・ワイズ・ブラウンという人がいるんだけど、彼女は「子どもの本をつくる作家は、人間のために開かれたものをつくる人でないといけない」と言っているんです。

つまり、子ども用にしつらえた物語をつくるんじゃなくて、ひろく人間に開かれたものを子どもに与えるということ。そんな作品をつくる作家こそが信頼できる本物だと思うし、アストリッドもそう考えていたんじゃないかな。

「だから、絵本や児童文学って『幼稚』じゃないんだよ」と荒井さん。いっぽう、日本で「子ども向け」と言われる作品や商品には、その対象のリテラシーを過度に低く見積もったものが多いようにも感じます。

平谷:たしかにリンドグレーンをはじめ、北欧の児童文学には、大人のリアルをきちんと子どもにも伝えるものが多いんです。子どもを、むやみに子ども扱いしないというか。私は美術館で鑑賞教育を担当しているんですけど、保育士さんや学校の先生のなかには、「子どもにはわからないだろう」と、最初から連れてくるのを止めてしまうケースも多い。けれど、感性がどこで磨かれるのかなんて、わからないものだと思うんです。

荒井:本当にそうだよね。子どもを尊重する度合いが、スウェーデンと日本では少し違うのかも。僕、「受ける」という言葉がすごく嫌いなんです。「こういうのが子どもには受ける」とか。それって、大人が予想通りの反応があるから嬉しいだけの話でしょう。でも、子どもはもっと多くのことをしっかり感じているんですよ。

荒井良二さん

最後、会場の出口へと向かう荒井さんに、全体を通しての感想をお聞きしました。

荒井:とても面白かったです。漫画も初めて見たし、日本の絵からの影響も発見だった。アストリッドの作品を読んだ記憶がある人や、子どもに接する多くの人に見てほしい。最初にも言ったけど、彼女のイメージって日本だと「ピッピの人」でしょ? だけどこの展覧会は、一歩も二歩も踏み込んでそのイメージをグッとひろげてくれる。僕の印象も、だいぶ変わったね。

その作品と人生を通して、子どもの自由と可能性を訴え続けたリンドグレーン。彼女の活動は、いまでは子どもたちを見守る側になった大人の胸にこそ、響くものを持っているかもしれません。

展示の最後はリンドグレーンの言葉で締めている。偶然にも、荒井さんの作業場に、これと同じメッセージが飾られているという
展示の最後はリンドグレーンの言葉で締めている。偶然にも、荒井さんの作業場に、これと同じメッセージが飾られているという

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イベント情報

日本・スウェーデン外交関係樹立150周年記念
『長くつ下のピッピ™の世界展 ~リンドグレーンが描く北欧の暮らしと子どもたち~』

2018年7月28日(土)~9月24日(月・祝)
会場:東京 八王子 東京富士美術館 本館・企画展示室1~4
時間:10:00~17:00(16:30受付終了)
休館日:月曜(9月17日は開館、9月18日は休館)
料金:大人1,300円、大学高校生800円、中小学生400円
※未就学児無料、土曜は中小学生無料のほか、誕生日当日の来館は本人のみ無料(証明書提示)
※障がい児者、付添者1名は半額(証明書提示)

全国巡回情報

2018年12月15日(土)~2019年1月27日(日)
会場:宮崎県 みやざきアートセンター

2019年2月8日(金)~3月4日(月)
会場:京都府 美術館「えき」KYOTO

2019年4月27日(土)~6月16日(日)
会場:愛知県 松坂屋美術館

2019年7月6日(土)~8月25日(日)
会場:福岡県 福岡市博物館
※予定

2019年9月7日(土)~11月4日(月)
会場:愛媛県 愛媛県美術館

プロフィール

荒井良二(あらい りょうじ)

アーティスト / 絵本作家。1956年山形県生まれ。2005年に『ルフランルフラン』で日本絵本賞を、2012年に『あさになったので まどをあけますよ』で第59回産経児童出版文化賞大賞を受賞するなど、日本を代表する絵本作家の一人として国内外で活躍。2005年には児童文学賞の最高峰「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」をアジア人で初めて受賞。スウェーデンで行われた受賞スピーチでは、歌を披露したという。2010年と2012年に郷里の山形市で個展『荒井良二の山形じゃあにぃ』を開催するほか、現在は、「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」の芸術監督も務める。

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