起業家のためのフェス。Slushが提案するワクワクする働き方

いまや世界有数のスタートアップ大国フィンランド。だがほんの十数年前までは、大企業への就職がごく当たり前だったという。スタートアップ急成長の陰には、2008年にヘルシンキでスタートしたイベント『Slush』があった。

音楽や照明といった華やかな演出を駆使した『Slush』は、これまで脚光を浴びなかった企業家たちを社会に押し上げ、フィンランド国内のスタートアップブームを加速させた。2015年より日本でも開催され、『Slush Tokyo』は今年も来たる3月28日、29日に開催が決定している。

日本でもスタートアップが注目を浴び、多くの起業家たちがイノベーションを起こすべくチャレンジを続けている。日本とフィンランドは、国民性や文化の面で共通項が多くあるといわれているが、日本にもスタートアップ大国に成長できる可能性はあるのだろうか。

話を聞いた『Slush Tokyo』の主催者アンティ・ソンニネンは、「アングリ―バード」で知られるRovio Entertainmentの元日本支社長で日本語も堪能。日本を知り世界を知るアンティの話からは、スタートアップのこれからのみならず、異なる民族が心地よく混じり合うには? という根源的な問いについても考えさせられる。

楽しそうにスタートアップに取り組む起業家たちのコミュニティーをつくりたかったんです。

—『Slush』はいまや北欧最大級のスタートアップイベントですが、2008年にはじめてヘルシンキで開催された当初は、どのようなイベントだったのですか?

アンティ:『Slush』は、起業家のためのコミュニティーをつくりたいという思いから始まったんです。当時のフィンランドでは、大企業でキャリアを積むことがごく一般的でした。それこそ「起業した」というと「就職できなかったんだな、残念」と思われてしまうような、あまりポジティブでないイメージがありました。

アンティ・ソンニネン
アンティ・ソンニネン

アンティ:それは、スタートアップを実践するロールモデルがあまりにも少なかったからだと思うんですね。インターネットで検索すれば情報は得られたでしょうが、そもそも周りに楽しそうに起業している人がいなければ、わざわざ検索しようとは思わない。そういう背景のなかで『Slush』は、活き活きと楽しそうにスタートアップに取り組む起業家たちのコミュニティーをつくりたかったんです。

—『Slush』は音楽や照明など、まるでフェスのような華やかな演出が特徴的ですが、それも「楽しさ」をつくり出すためのものなのでしょうか?

アンティ:そうですね。最初から演出に注力していたわけではありませんでしたが、「どうしたら参加者が一番楽しいのか、喜んでくれるのか」突き詰めた結果、現在のようなスタイルになりました。演出はあくまでも、『Slush』に興味を持ってもらうためのツールだと思っています。

ヘルシンキでの『Slush』の様子
ヘルシンキでの『Slush』の様子

—国内に浸透していた安定志向が徐々に変わり、フィンランドは世界の代表的なスタートアップ大国に成長しました。国内の背景としては何が要因となっていたのでしょうか。

アンティ:2014年にフィンランドを代表する企業であるノキアがマイクロソフトに買収され、「このまま大企業に頼り切ってはいけない」という意識が広がったのは大きかったでしょう。そのなかで『Slush』はイベントを通じてたくさんの起業家にスポットライトを当て、社会から注目を浴びる場をつくってきました。

—『Slush』はヘルシンキをはじめ、上海、シンガポール、東京で展開されていますが、最初は数百人だったイベントの規模感が、いまでは数万人規模に成長していますよね。

アンティ:始まった当時の運営メンバーは、本業である会社経営と掛け持ちしながらイベントを開催していたんです。それがしだいに二足のわらじは大変だということになり、2011年からはスタートアップに興味があるアールト大学の学生たちが主体になって運営するようになりました。

そこからイベントが数百人から数千、数万人規模へと成長し始めました。学生たちは「若くして、こんなに面白い人たちと出会えるなんて!」と夢中になっていましたね。

ヘルシンキでの『Slush』の様子
ヘルシンキでの『Slush』の様子

—学生たちにとって、未来にワクワクできる体験だったんですね。

アンティ:イベントやコミュニティーの運営には、場のエネルギーが一番大事です。運営側がどれだけエキサイトして、ワクワクしているかということが、集客に大きく影響を与えるんですね。だから、「『Slush』の運営の人たちは、すごく楽しそうに何かやっているぞ」という具合に、集客へとつながったのだと思います。

ぼくはシリコンバレーって、場所じゃなくて、マインドセットだと思っているんです。

—スタートアップ文化がフィンランド国内に浸透できた原因には、考え方の面ではどのようなことがありますか。

アンティ:「新しい物事を始めたい」というマインドセットは、ひとつ大事だと思います。いまの時代に急成長を目指す会社をつくりたいのであれば、技術力があるにこしたことはありません。フィンランドにはノキアのような会社がたくさんあり、エンジニアの人数も少なくない。もともと教育システムが優れているともいわれていますし、そこに新しいものをつくりたいという価値観がリンクして、スタートアップの国に成長したのだと思います。

アンティ・ソンニネン

アンティ:あともうひとつ、スタートアップにはさまざまなつくり方がありますが、ヘルシンキの『Slush』は、ソフトウェア開発の世界でいう「オープンソース」の考え方を大切にしていました。自社で採用している方法論や、成功したやり方などを、秘密にせずコミュニティー全体でシェアするんです。フィンランドのスタートアップという小さなコミュニティーのなかで、誰が偉いか、強いかと勝負するより、どうやって助け合い、いかに海外から人を呼び込むか、というマインドセットが大事だと思うんです。

—いかに海外から人を呼び込むか。まずは観光地として魅力を感じてもらうという考え方に近いのでしょうか。

アンティ:そうですね。フィンランドって、ヨーロッパの北の端っこにポツンとあって、それこそシリコンバレーのあるカリフォルニアなんかと比べたら、寒くて暗い国だねって思われていると思うんです(笑)。放っておいても「来てみたい!」と思ってもらえるような要素がないんだったら、自分たちの強みを活かして、どうしたらみんなが来たくなるのかを考えなきゃいけない。

「slush」というのは、もともと英語で「溶けかけた雪」という意味なんですよ。「温かくて魅力的なシリコンバレーじゃなくたって、面白いことはできる」というメッセージが込められています。ぼくは「シリコンバレー」って、場所じゃなくて、マインドセットだと思っているんです。

—というのは?

アンティ:シリコンバレーのようなすぐれたスタートアップコミュニティーをつくりたいと思ったとき、倣うべきは表面的なものではなくマインドセットだということです。彼らのやり方をそっくりそのまま真似するのではなく、そもそもなぜシリコンバレーが成功したのかを考える。その理由には、多国籍の人々を積極的に迎えることもありますが、ぼくが最も重視しているのは「Pay it forward」という文化。成功した人が、次に続く人を育てるという考え方です。大変な状況を乗り越えた自分の経験を活かして、他の人の成功を手伝う。この助け合いの文化はフィンランドや東京でも育てていきたいですね。

アンティ・ソンニネン

—助け合うという意味では、フィンランドには「talkoo」(助け合い)という国民性を表す言葉があるそうですが、それはスタートアップが増えてきた背景にも影響しているのでしょうか。

アンティ:あると思います。「talkoo」というのは、引越しなど労働力が必要な場面での、共同体のなかでの助け合いが根源にあるんですね。助ける代わりに、お金はもらえませんが、お礼にご飯をご馳走してもらえたりします。「talkoo」の根本には、引越しのように1人ではできない、しかしいずれ誰もが助けを必要とする仕事を、いちいちお金を受け渡しして手伝うのはナンセンスだ、という考え方があるんです。誰かが助けを必要としているときは助け、逆に自分が困っているときは助けてもらう、そのほうがシンプルではないかと。

だからフィンランドのスタートアップコミュニティーでも、誰かが海外から投資家を呼ぶときは、招待制ではなくオープン参加のパーティーを開くことが多いです。いちいち損得勘定を考えていたら、共同体全体の利益にはならない。そもそも何かいいことがあったり、いいものが手に入ったりするのは単純にラッキーのこともありますから、そこで得たものを少しくらい、他の人に分けてもいいんじゃない? と。そこで誰かがメリットを享受したら、何かしらのかたちで、いつか自分にも返ってくるから。

—日本のことわざ「情けは人のためならず」と同じ考え方ですね。

アンティ:数百人規模のイベントは世界中に無数にありますが、数千人規模のものは限られて、数万人ともなるとほぼありませんよね。同じ国のなかで別の団体が、数百人規模のイベントを延べ100回やるより、みんなで1万人のイベントを数回開催するほうが、世界で目立って影響力も増す。コミュニティーのなかで小さな駆け引きをするよりも、みんなで対外的に大きな勝負をしたほうがいいんです。その意識は『Slush』にも共通しています。

講義の内容を100%理解するより、面白い誰かに出会う場にしてほしい。

—『Slush Tokyo』の主催者として日本に関わるようになってから、日本のスタートアップに対してどのような課題や問題を感じていますか?

アンティ:2013年から日本に住んでいますが、当初は海外のゲーム制作会社の社員として来日しました。そのときは海外発のものを日本のコミュニティーのなかで普及させることがミッションだったわけですが、外国人として、日本社会には少し入りにくさも感じました。その後国内のスタートアップに転職しましたが、今度はその企業を日本から世界に進出させようとしたときに、また壁に突き当たったんです。たとえば海外からせっかく優秀な投資家やビジネスマンを連れて来ても、日本人は英語でのコミュニケーションに対するハードルが高いと感じました。

アンティ・ソンニネン

アンティ:ぼくは日本語がかなり話せるので、日本国内のスタートアップイベントに積極的に参加してきました。そこでわかったことは、日本語で行われるイベントには外国人がいないし、英語で行われるイベントには日本人がいないということ。お互いに興味を持っているはずなのに、近寄りがたく感じている状況はもったいない。でも一緒にいるだけで楽しめる場があれば、この問題は解決するなと思ったんです。それで、日本でも『Slush』を開催しようと思い立ちました。

—『Slush Tokyo』の公用語は英語、講演はすべて英語で行われ、ウェブサイトにも日本語のテキストが存在しませんよね。

アンティ:同時通訳のイベントもありますが、日本語と英語の両方ができる人からすると、同じ話を2度繰り返されるのは退屈だと感じるでしょう。また、どちらか一方の言語しかわからない人にしても、やはり講演の時間の半分が無駄になっているということですよね。イベントは面白くないといけないのだから、これではだめだと思いました。

『Slush Tokyo』での講義は、100%内容を理解してもらうものというより、「あの講義見ました?」と誰かに話しかけ、出会いを生み出すきっかけになってほしいと思っていて。正確な内容を知りたかったら、あとからYouTubeで字幕つき動画を見れば簡単に解決できる。でも刺激的な出会いはインターネット上ではなく、生のイベントでしか得られないもの。だからそれを生み出すことにこそ注力したいんです。

『Slush Tokyo 2017』の様子
『Slush Tokyo 2017』の様子

—日本人が想定する、英語でのコミュニケーションのハードルが高すぎるのかもしれませんね。

アンティ:イベントで同時通訳を入れるということは、間接的に「あなたたちは英語ができませんからね」と日本人に言うことと同じだと思います。英語にすると、最初は戸惑うかもしれませんが、「じゃあ頑張るか」という空気にもつながる。結局は考え方次第ですから、不安要素さえもポジティブなメッセージに変換して伝えることは、多くの人が集まるイベントを主催する者の責任だと思います。

みんなが混ざり合うことで、きっと世界は変わっていくはずですから。

—『Slush』を日本で展開するにあたり意識したことは何でしょうか?

アンティ:ぼくは大学生のときに、初めて来日しました。そのときはまだ日本語もうまく話せず、日本のことがわからなすぎて、ぼくにとっては宇宙と同じような場所でした(笑)。でも、日本の生活環境とか、教育、歴史、さまざまなことを知るにつれ、自分も日本に生まれていたら、日本人のように育っていたんだろうな、と心から思うようになったんです。つまり、基本的に人間の根本って一緒なんだな、と。

 

アンティ:「talkoo」を日本語で表したらどうなるんだろう? と気になって、一時期Googleで調べていたことがあるんです(笑)。そうしたら、「結(ゆい)」という考え方が近いと書かれているサイトを見つけました。小さな集落における相互扶助の考え方だそうですが、この言葉を普段の生活で聞いたことはありません。でも、「talkoo」のような考えを共有できていると感じる日本人は、『Slush Tokyo』のスタッフをはじめ、ぼくの身の回りにたくさんいます。きっと世界中、どこにでもある考え方なんだと思うんです。

だから『Slush Tokyo』に関しても、「フィンランドのコンセプトを持ち込む」という感覚はないんです。外国のいろんなイベントにもスタッフと一緒に行きますが、「あの点はぼくたちと違ったね」とか「ここをこうすればもっとよかったよね」などとディスカッションして影響を受けながらも、日本の環境に合ったやり方を自然に模索し、実践している気がします。

—日本の現状の課題などを分析して、戦略的に日本式に落とし込んでいる、というわけではないのですね。

アンティ:そうですね。ただ、日本独自の取り組みとして、『Slush Tokyo』では「Slush Cafe」というサブステージを設けています。そこは参加者が主役となり、登壇者とひたすら質疑応答をするステージ。通常のイベントでは登壇者と参加者の距離が遠く、参加者に質問を求めてもなかなか手が挙がらない。この環境をなんとかできればと、「Slush Cafe」をつくりました。

「Slush Cafe」
「Slush Cafe」

—「Slush Cafe」というかたちにすることで、気軽なコミュニケーション環境になるわけですね。

アンティ:質問者は自由に質問できますが、しかしそこには同時に責任も生まれます。2017年には日産自動車のカルロス・ゴーン会長に登壇いただいたのですが、そこではご自身のお子さんのことを話してくださるシーンもあったんです。日産の方曰く、ゴーンさんがプライベートな話をすることは滅多にないらしく、とてもリラックスしている状態だったそうで。こんなことが普通にあり得るコミュニティーであり続けたいなと思っています。

—素敵なエピソードですね。日本のスタートアップだからこそ感じる可能性やポテンシャルはありますか?

アンティ:日本では、いい意味でビジネスの相手を「お客様」として接しますよね。だから日本で営業ができれば、世界中で営業ができるとぼくは思っています。そして一番難しいお客さんでも、営業力次第で必ず取れる、だから日本企業が世界で戦うための鍵は、営業力を活かすことだと思います。英語の壁を越えて、そのスタイルで世界を相手にできれば、どこにでも勝てそうな気がします。

—3月28日、29日に、『Slush Tokyo 2018』が開催されます。今回のテーマである「Breaking Barriers(壁を壊す)」は、さまざまな壁やヒエラルキーを取り払って新しいことを始めようというメッセージですが、まさに今日語っていただいたことに共通していますね。

アンティ:去年のテーマは「Celebrating the Unknown(未知を祝う)」でした。未知の世界を受け入れてチャレンジしようという意味が含まれており、その次のステップとして、「壁を壊す」という今回のテーマを設けました。

国籍、性別、宗教、文化などで壁をつくり、自分と似ている人たちと固まるよりも、いろいろな人たちと接したほうが最終的にいろんな可能性が湧いてくるというメッセージなんです。みんなが混ざり合うことで、きっと世界は変わっていくはずですから。「同じ業界の人か」とか「同じ言語をしゃべるか」とか、そうしたことにとらわれず、いろんな人との出会いを楽しんでほしいです。

プロフィール
アンティ・ソンニネン

フィンランド出身。2007年に東京大学への留学生として初来日。米スタンフォード大学でのインストラクター従事を経て、2012年から、「アングリ―バード」で知られるRovio Entertainmentの日本担当カントリーマネジャーを務める。2015年よりSlush TokyoのCEOを務める。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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