フィンランドの奇祭にならい、日本の「おかしな祭り」を考えた

携帯電話をできるだけ遠くに投げたり、奥様を運んだりするフィンランド

おかしなお祭りばっかりやってる国がある。フィンランドだ。『携帯電話投げ世界選手権』に『奥様運び世界選手権』それに『エアギター世界選手権』もフィンランドで行われている。どれもぶっ飛んでいてユーモアがある。かっこいい……何より楽しそうだ。こういうシャレのきいたお祭りを楽しむ生活を送ってみたい。そもそもなんでフィンランドはこんなへんなお祭りばっかりやってるのだろう?

ためしにフィンランド政府観光局のウェブサイトを見てみよう。「フィンランドのおかしなイベント」という項目がある。政府がみずから「変わった」お祭りと認めているのだ。

どんなお祭りがあるのだろう。種目を見てみよう。

・『携帯電話投げ世界選手権』

本来は、遠くに投げちゃだめである。いまや現代人が片時も離さず大事に大事に使っている携帯電話。それを投げる。そして楽しむ。フィンランドの人の度量の大きさを感じる。しかも世界記録は95メートル近く。飛ばしたな、フィンランドの人。槍じゃないんだぞ。

・『どろんこサッカー世界選手権』

日本にも田んぼのなかで遊ぶイベントがあるので、競技自体は想像に難くない。しかしフィンランドのおそろしいところはこれに「世界選手権」とついているところだ。どろんこメッシやどろんこネイマールなど世界中からどろんこフットボーラーがやってくる。大人のわんぱくさがかえって不安になる。

・『ベリー摘み世界選手権』

世界記録は1時間でコケモモを28キログラム近くとるらしい。レジャーなのか、それとも労働なのか。それが問題だ。

・『エアギター世界選手権』

そのバカバカしさに日本でもエアギターの認知度はまたたく間に広がった。エアギターみたいなちょっとした「あるある」を世界大会にしてしまうことがかっこいいよね、イケてるよね、と私たちも認めてる証拠だ。われわれはフィンランドのへんなお祭りに憧れがあるのだ。

・『奥様運び世界選手権』

ここからは「なんでも競争になるものだ」という感想を、賞状を授与するときのように以下同文として送りたい。夫婦円満の精神も世界大会として競争すれば盛り上がる。

・『キックスレッジ世界大会』:フィンランド独自のソリで速さを競う

・『蚊たたき大会』:5分間でもっとも多くの蚊を叩けた人が優勝

・『乳搾り椅子投げ大会』:乳搾りに使う椅子を投げる

・『テーブルドラム大会』:机をたたき、ドラムの技術を競い合う

・『アリの巣に座る大会』:服を脱いでアリの巣の上に座り、最後までがまんできた人が勝ち

などなど……もう本当によくわからなくなってくるが、なんでも世界大会にして盛り上がっている。フィンランド、一体どういう国なんだろう。このへんなお祭り欲はどこから生まれてくるのか知りたい。

フィンランドの人ってどういう人なの?

そこでフィンランド人のあるあるをユーモラスに描いた絵本『マッティは今日も憂鬱 フィンランド人の不思議』(カロリーナ・コルホネン著、方丈社)を翻訳した柳澤はるかさんに話をうかがった。

フィンランド人にとっての悪夢的瞬間を描いた本『マッティは今日も憂鬱』シリーズ
フィンランド人にとっての悪夢的瞬間を描いた本『マッティは今日も憂鬱』シリーズ

—この本に「あるある」が描かれている、フィンランド人の国民性について知りたいんです。

柳澤:フィンランド人の国民性として、一ついえるのはシャイなこと。たとえば「洋服屋さんで店員に話しかけられるのが憂鬱……」とかですかね。日本でも共感する人はたくさんいそうです。他にもバス停で並ぶとき、1メートルくらい間隔をとるとか。パーソナルスペースが広いんですね。「なんで?」って聞いたら「だってスペースはいっぱいあるじゃない?」って(笑)。

柳澤はるかさん
柳澤はるかさん

シャイなのに、サウナのなかではおしゃべりだしお祭りでもめっちゃ明るい

—柳澤さんから見ても、「へんなお祭りやってるな~」という感覚はありますか?

柳澤:あります、あります。たとえば、みんなでビールを持って川でボートに乗り込もうぜっていう、『ビールフローティング』というお祭りがあるんです。ペットを乗せてる人もいればソーセージを焼いてる人たちもいて、心から楽しそう。子どもの遊びを大人でも無邪気に楽しむピュアな一面はあるかなと思います。

—フィンランドの人はそもそもお祭り好きなんですか?

柳澤:私の印象では、普段シャイなのにお祭りのときはめっちゃ明るい。「あれ? どうしたの?」ってくらい(笑)。サウナのなかでもみんなおしゃべりになるんです。解放する場所があるんですね。淡々とした日常があって、たまにお祭りみたいな日がある。日本と似てるんじゃないですかね。

絵本のなかの1ページ「どんなにシャイなフィンランド人も サウナでは、ちょっとおしゃべりに」
絵本のなかの1ページ「どんなにシャイなフィンランド人も サウナでは、ちょっとおしゃべりに」

柳澤:あとはシンプルであることを大事にする、北欧的な考え方もありますね。お金をかけないと楽しめない、みたいな消費主義とは逆に、「いつまでも雪が降る、だったら森のなかでクロスカントリーすれば楽しいんじゃない?」とか。身近な楽しみを見つけるのが上手な人たちだなと思いますね。『ビールフローティング』にしても、そこに川があればできる単純な遊び。だけど「あ、それやっちゃうんだ」っていう遊び心がある。

厳しい環境が育てた自虐的なユーモア

柳澤:環境によるものもあると思います。たとえば私がおもしろいと思うのが、『ポーラーベアピッチング』っていうイベント。海が凍っちゃうくらい寒い冬に、バルト海の氷をくりぬいて。スタートアップの会社の人が、冷たい水のなかに入っている間だけ自社のことをプレゼンできるイベントなんです。

柳澤:逆境というか、観光客も来にくい寒さの厳しい環境で、「じゃあいっそのことそれを生かしておもしろいことをやっちゃおう」という姿勢は、イノベーティブですごいなと思います。

—すごい! 日本の「熱湯コマーシャル」(1983年から1999年にかけて放送されていたバラエティー番組『スーパーJOCKEY』のなかのコーナー。熱湯の湯船に浸かっている時間だけ宣伝ができた)の逆ですね。

柳澤:違うのは、そこに外国の人も参加しているということ。たとえばどろんこサッカーにしても、似たような大会は日本にもあります。でも日本の場合、世界大会とうたっているのに、ウェブサイトは日本語だけなんていうことも。フィンランド人はその点、英語でPRするのが上手いです。

フィンランドの人口は550万人。小さな国として世界にアピールしていかなきゃという意識が高いんですね。私が翻訳した『マッティは今日も憂鬱』も、もともと英語で書かれたブログをもとにしているので、それもあって、SNSで広く海外にも広まりました。

観光局のオフィシャルウェブサイトでも、みずから積極的に「私たちってちょっとへんなんです」と、おちゃめな面をPRしています。そういう自虐的なユーモアも上手ですね。たとえば「とってもフィンランド的な問題」というTwitterアカウントでは、「フィンランドってこんなに寒くてやんなっちゃうぜ」みたいな自虐ネタをひたすら投稿しています。

「暑くなってきたら、雪について空想し始める」

柳澤:『マッティは今日も憂鬱』でも、「おれたちこんなに口下手です」とか、フィンランドの人を自虐的に描いた場面があります。日本にも自虐や謙遜の文化があるので、理解しやすいのではないでしょうか。

フィンランドあるある本を翻訳した人、唐突に祭りの相談をされる

—シャイだけどお祭り好き、シンプルを大事にする、厳しい環境からくるPRの上手さや、自虐的ユーモア……よくわかりました。まさかフィンランドの人もこんな遠くから冷静な分析をされるとは思ってなかったと思います(笑)。じつは今回フィンランドの「へんなお祭り」みたいなものを自分たちでもやってみたいという思いがありまして。そこで、フィンランド人って結局どういうことをやってるのかなと分析してみたんです。

そしたら要素は2つあって、まず地元の文化に根ざしたものであること。『携帯電話投げ選手権』は地元の携帯電話会社があってのことだし、『ベリー摘み』も地元でとれるベリーが起点ですよね。もう一つは生活のなかでちょっとおもしろいなと思っていること。エアギターやテーブルドラムがそれにあたりますね。

そこで日本文化を世界選手権化するなら何かと考えた結果、お茶じゃないかと。お茶室の足のしびれじゃないかと。これ見てください。実際にやってみたんです。

柳澤:えっ、なんですか? もうやってきたんですか? お祭りを?

本の翻訳しただけなのにお祭りの相談をされる柳澤さん。右が筆者です。
本の翻訳しただけなのにお祭りの相談をされる柳澤さん。右が筆者です。

しびれた足で全力ダッシュ! 『お茶室30分正座後15メートル走』

—今回は『お茶室30分正座後15メートル走』というものを考えました。30分間正座したあとに15メートル走って、そのタイムを競います。お茶の世界を通じて精神世界に没入したあと、そこからいかに早く戻れるかが鍵ですね。

目の前に茶碗を置いて30分正座する。選手は俳優の宮部純子さん。小劇場界隈でご活躍中です。
目の前に茶碗を置いて30分正座する。選手は俳優の宮部純子さん。小劇場界隈でご活躍中です。

柳澤:えっ? これすごくいいじゃないですか(笑)。わ、しかも実際にやってるんですね。いい、いい。お茶なら世界の人にもすごく興味を持ってもらえそう。

20分あたりから足がしびれてくる。ここから全力で15メートル走をする。
20分あたりから足がしびれてくる。ここから全力で15メートル走をする。

宮部純子さん

—ただこれには少し問題があってですね。動画を見てもらえればわかるんですが……。

『お茶室30分正座後15メートル走世界選手権』(宮部)

選手「あっ、いけるいける!」。いけてしまったのだ。
選手「あっ、いけるいける!」。いけてしまったのだ。

—30分くらいして感覚がなくなってくるんですが、それでも走れてしまうんですね。本気で走れなくさせようと思ったら、1時間や2時間正座させないといけないかもしれない。ただこれ、ものすごく暇ですし、競技として選手一人にそんなに時間かけていられないですよね。

筆者も体験したがものすごく暇だった。天気がよくてよかった。色々なことを考えた。30分後にはやっぱりふつうに走れてしまった。
筆者も体験したがものすごく暇だった。天気がよくてよかった。色々なことを考えた。30分後にはやっぱりふつうに走れてしまった。

柳澤:時間がかかるんだ(笑)。でもいまお茶や禅のことに興味を持っている人はすごく多いですし、正座の時間は禅について考えるとかにすればみんな来てくれると思います。たしかフィンランドのファブリックメーカーのマリメッコも、お茶室をデザインしてましたよ。

共感の世界記録! 『相槌選手権』

—あとはもう少し他の日本らしいものも考えまして。『相槌世界選手権』というものなんですけど、日本人の会話って相槌が多いらしいんです。それならいっそどれだけ多く相槌を打てるかやってみようと。だれかの話に重ならないようにして相槌の数を競う選手権です。

スマホを持って原稿を読む人の邪魔をしないように相槌を打つ。それをカウントする。
スマホを持って原稿を読む人の邪魔をしないように相槌を打つ。それをカウントする。

柳澤:えっ? ほんとにやってもらったんですか? やってるフリじゃなくて?

動画を見てもらうと「相槌打ちすぎだろ」感がよく伝わるかもしれない

柳澤:相槌めっちゃ打ってますね!

—としかいいようがないですよね。ただ、動画を見てもらうとわかるんですが、差がなかなか出にくいシビアな競技だということも判明し……ちょっと地味ですよね。

相槌世界選手権を2人でやってみた。ここにはめちゃくちゃ納得してる2人がいる……。

柳澤:たしかに地味ですけど、フィンランドの祭りもやってることは地味ですよ。長靴投げ選手権とか見ましたけど、砲丸投げみたいに投げているだけなので(笑)。やってる時間はみんな淡々としてます。それで終わったあとにみんなで楽しむ。

想像で飛距離をかせげ! 『傘ゴルフ世界選手権』

—他にもエアギターみたいに、日常のおもしろさに根ざした『傘ゴルフ選手権』というのを考えたんですが……。

電車を待ちながらゴルフの練習をするサラリーマン、最近見なくなりましたが
電車を待ちながらゴルフの練習をするサラリーマン、最近見なくなりましたが

柳澤:これはどういうルールで進むんですか?

—すべてエアーでゴルフコースを回ります。あと、球の飛距離を競うドラコンもやります。

柳澤:飛距離を測るのは難しそうですね……。

ファーッ! 傘ゴルフ選手権はすべてエアーで進むのでとりあえずファーなどのやりたいことは全部やります。
ファーッ! 傘ゴルフ選手権はすべてエアーで進むのでとりあえずファーなどのやりたいことは全部やります。

キャディがついていってクラブの選択を相談する
キャディがついていってクラブの選択を相談する

柳澤:これはたとえば、本物のゴルフができない梅雨の時期に開催するとか、四季を活用するといいと思います。フィンランド人は自然環境の特性をうまく結びつけますから。あとはエコの視点を入れるのもいいですね。駅の忘れ物の傘をただ捨てるのは忍びないから、捨てる前に1回使おうよとか。

—なるほど、そうするとたしかに急にフィンランドのお祭りっぽさが出てきますね。

※傘ゴルフ大会を企画した会社はあるようです。

へんなお祭りを生むフィンランドの精神「シス」

—どうでしょうか。3つ作ってみましたが、フィンランドのへんなお祭りを日本に置き換えるとこういうことですかね?

柳澤:どれもいい線いってるんじゃないですかね。大がかりじゃないのがいいですよね。フィンランドのお祭りを見ていると、みんな身近にあるものとか、捨ててしまうものを使ってるんです。

—日本でいう「もったいない」みたいなことですか?

柳澤:もったいないというより、シンプルであることを大事にしている気がしますね。いま、カナダ出身の女性がフィンランドで学んだことについて書いた本を翻訳しているんですが、「長く使える」とか「装飾がない」とかいったことがノルディックミニマリズムの特長として何度も出てきます。暮らしをゴージャスにするとメンテナンスが大変なので、よりシンプルに、と。

デザインの分野でもそうですよね。装飾より機能。フィンランドに限らず北欧全体として、質実剛健というイメージがあります。

—そのシンプルさがへんなお祭りに結びつくのはすごいですね。

柳澤:フィンランド人特有の精神といわれているものに、「シス」というのがあって。日本人にとっての大和魂みたいな、いわばフィンランド人魂。そのシスの根底にあるのは、厳しい環境のなかで発揮される強い精神力なんです。かといって根性ともちがって、気合でなんとかしろというのではなく、もっと合理的。シスは精神の強さであり、そして精神の強さはちゃんと運動していい食事をして、メンテナンスされた健康な体に宿るものだという考え方なんですね。

なるほど。「寒い? 寒いなら寒いで楽しもう!」というのもシスの一つなのかもしれない。大体わかった、もう大体わかってしまった。まさかフィンランドの人もこんな極東の地で大体わかられるとは思ってないと思うが、フィンランドのへんなお祭り感がわかった。

自分たちでためしにやってみて思ったのが、GW明けの5月は天気がよくてグランドで正座してるのがバカバカしくて気持ちがよかった。なんか飲み会みたいな軽い感じで世界選手権をやるのっていいなと思った。きっとフィンランドの人も軽いノリでやってるのだろう。ノリで世界選手権。フィンランドのへんなお祭りへの憧れは募る一方だ。

プロフィール
柳澤はるか (やなぎさわ はるか)

ライター、翻訳家。1985年生まれ、東京大学文学部卒。文化、コミュニケーション、ジェンダー、教育、働き方などを題材に、日本と北欧について取材記事やコラムを執筆。翻訳書に『マッティは今日も憂鬱 フィンランド人の不思議』『マッティ、旅に出る。』(方丈社)。フィンランドの「シス」の秘密に迫るノンフィクション、『Finding SISU』(原題)日本語版を、2018年初秋に方丈社より発売予定。

大北栄人 (おおきた しげと)

ウェブのライター、コントのユニット「明日のアー」の主宰。映像作品で『したコメ大賞2017グランプリ』受賞。アーは恥ずかしいことを思い出して出るうめき声のこと。いましてることはすべて明日のアーであるという自覚がある。



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「幸福度が高い」と言われる北欧の国々。その文化の土台にあるのが「クラフトマンシップ」と「最先端」です。

湖や森に囲まれた、豊かな自然と共生する考え方。長い冬を楽しく過ごすための、手仕事の工夫。

かと思えば、ITをはじめとした最先端の技術開発や福祉の充実をめざした、先進的な発想。

カルチャーマガジン「Fika(フィーカ)」は、北欧からこれからの幸せな社会のヒントを見つけていきます。

スウェーデンの人々が大切にしている「Fika」というコーヒーブレイクの時間のようにリラックスしながら、さまざまなアイデアが生まれる場所をめざします。

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